が、定善義十三觀の中、最重く見られてゐるのが、日想觀である。海岸の樹下に合掌する韋提希夫人あり、婢女一人之に侍立し、樹上に三色の雲かゝり、正中上方一線の霞の下に圓日あり、下に海中島ある構圖である。當麻の物では、外陣左邊十三段のはじめにある。即、西方に沈まうとする日を、觀じてゐる所なのだ。淨土を觀念するには、この日想觀が、緊密妥當な方法であると考へたのが、中世念佛の徒の信仰であつた。觀無量壽經に、「汝及び衆生|應《マサ》に心を專らにし、念を一處に繋けて、西方を想ふべし。云はく、何が想をなすや。凡想をなすとは、一切の衆生、生盲に非るよりは、目有る徒、皆日沒を見よ。當に想念を起し、正坐し西に向ひて、日を諦《アキ》らかに觀じ、心を堅く住せしめ、想を專らにして移らざれ。日の歿せむとするや、形、鼓を懸けたる如きを見るべし。既に見|已《ヲ》へば目を閉開するも、皆明了ならしめよ。是を日想となし、名づけて、初觀といふ。」さうして水想觀・寶地觀・寶樹觀・寶池觀・寶樓觀と言ふ風に續くのである。ところが、此初觀に先行してゐる畫面に、序分義化前縁の段がある。王舍城耆闍崛山に、佛大比丘衆一千二百五十人及び許多の聖衆と共に住んだ樣を圖したものである。右邊左邊と、位置を別にしてゐるが、順序として、定善義第一日想觀に續く樣に解せられる所から、何かの關聯が、考へられて居たのでないかと思ふ。強ひて、曼陀羅の中から、山越し像の畫因を引き出さうとすれば、これがまづ、或暗示を含んでゐるとは言へよう。雲湧き立つ山下に、佛を圍んで、聖衆・大比丘のある所である。山の此方にあるのが違ふのだが、此違ひは大きな違ひである。日想觀及び次の水想觀には、たゞ韋提希夫人觀念の姿を描いたのみであるが、其より先は、如來・菩薩の示現を描いてゐる。日想觀において觀じ得た如來の姿を描くとすれば、西方海中に沒しようとする懸鼓の如き日輪を、心《シン》にして寫し出す外はない。さすれば、水平線に半身を顯し、日輪を光背とした三尊を描いたであらう。だが、此は單に私どもの空想であつて、いまだ之を畫因にした像を見ぬのである。併しながら、今も尚、彼岸中日海中にくるめき沈む日を拜する人々は、――即庶人の日想觀を行ずる者――落日の車輪の如く※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]轉し、三尊示現する如く、日輪三體に分れて見えると言つて、拜みに出るのである。
此日、來迎佛と觀ずる日輪の在る所に行き向へば、必その迎へを得て、西方淨土に往生することになる、と考へたのは當然過ぎる信仰である。此は實踐する所の習俗として殘つてゐて、而も、傳説化・藝術化することなくして、そのまゝ消えて行つたのである。その消滅の徑路において、彼岸の落日を拜む風と、落日を追うて海中に沒入することゝ、また少くとも彼岸でなくとも、法悦は遂げられるといふ入水死の風習とに岐れて行つたのである。
こゝで山越し像に到る間を、少し脇路に蹈み入ることにしたい。
さて、此日東の大きなる古國には、日を拜む信仰が、深く行はれてゐた。今は日輪を拜する人々も、皆ある種の概念化した日を考へてゐるやうだが、昔の人は、もつと切實な心から、日の神を拜んで居た。
宮廷におかせられては、御代々々の尊い御方に、近侍した舍人たちが、その御宇々々の聖蹟を傳へ、その御代々々の御威力を現實に示す信仰を、諸方に傳播した。此が、日奉部《ヒマツリベ》(又、日祀部)なる聖職の團體で、その舍人出身なるが故に、詳しくは日奉大舍人部とも言うた樣である。此部曲の事については、既に前年、柳田先生が注意してゐられる。之と日置部・置部など書いたひおきべ[#「ひおきべ」に傍線](又、ひき[#「ひき」に傍線]・へき[#「へき」に傍線])と同じか、違ふ所があるか、明らかでないが、名稱近くて違ふから見れば、全く同じものとも言はれぬ。日置は、日祀よりは、原義幾分か明らかである。おく[#「おく」に傍点]は後代算盤の上で、ある數にあたる珠を定置することになつてゐるが、大體同じ樣な意義に、古くから用ゐてゐる。源爲憲の「口遊《クイウ》」に、「術に曰はく、婦人の年數を置き、十二神を加へて實と爲し…」だの、「九々八十一を置き、十二神を加へて九十三を得……」などゝある。此は算盤を以てする卜法である。置く[#「置く」に傍線]が日を計ることに關聯してゐることは、略疑ひはないやうである。たゞおく[#「おく」に傍点]なる算法が、日置の場合、如何なる方法を以てするか、一切明らかでないが、其は唯實際方法の問題で、語原においては、太陽竝びに、天體の運行によつて、歳時・風雨・豐凶を卜知することを示してゐるのは明らかである。
此樣に、日を計つてする卜法が、信仰から遊離するまでには、長い過程を經て來てゐるだらうが、日神に對する特殊な信仰の表現のあつたのは疑はれぬ。其
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