から三味線の音が聞えて来たりする。
其処から西へ向けて、米沢海道を自動車で来ても、又道に沿うて居る奥羽本線の汽車からでも、ほんの一丁場と言ったところに、赤湯の湯場がある。青田の中で、ちょっとした岩山の裾によった処である。上ノ山をもう一層鄙びた風にした様なところで、湯村を離れて海道を歩いて見ると、飛びとびの村家の姿が、風情深く見られた。其処から又一丁場西へ来て、米沢である。白布との間が、自動車でせいぜい五十分しかかからないので、ついつい山をおりて、米沢へ出ることが多かった。
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暑き日のたまさか 山をおり来たり、町場に入れば 疲れつつあり
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百貨店のない都会は、何となく落ちついている。購買力を誇張しないだけでも、町びとの暮しが何となくしっとりした素朴を保って行くことが出来るのであろう。
半月ほどにしかならないが、やっと前に開通したばかりの鉄道線が、越後へ通って居る。米阪線と言うので、名は何だか小商人《コアキンド》の屋号のようである。私はほんの此少し前に、此汽車で越後境へ這入って見た。新潟県へ這入って、小国《オグニ》と金丸《カナマル》との間を、まだ汽車が通わないで居た。
鷹の巣と言う山の下にある温泉へ行こうと思って行ったのである。去年の秋の末、鉄道が通ったばかりの小国の村は、其でも終著駅らしい様子を、駅前の運送店や、飲食店に見せて居た。だが此も、もうここ半月位で、多くの客の素通りして行く静かな山間の宿場に還るのだと思うと、内容は違うけれど、田山さんの作物にあった「再び草の野に」と言う表題が、胸を掠めた。小綺麗な料理屋の二階から川を見おろす座敷に通って、鮎を焼かせようとしたが、まだ解禁にならないと言う。多くの平野の川々では、やがて復禁りょう[#「りょう」に傍点]の時期に入ろうとして居るのに、山の中ではまだ鮎が小さ過ぎると言って居る。旅行した先々で鮎を頼んで見ると、十月末になって、さび[#「さび」に傍点]尽してもまだ禁猟にならない処もあり、禁猟など言うことが、鮎にあることすら知らぬ地方もある。中食の払いをして見ると、普通こう言う町でとる値段の倍以上もつけておこしたようである。此も後半月、汽車の通過するようになる時までだろうと思うと、おかしくなって来た。
越後金丸《エチゴカナマル》・越後片貝《エチゴカタガイ》など言う新駅も、出来たばかりで、まだ人影もなく、深い山の中に真白に静まり返って居た。其等の前を自動車は通って、あてにして来た温泉場へ著いた。
秋の末になると閉めて帰り、春深く雪どけの頃、宿主は戻って来ると言った。信州の佐久の奥からやって来るのだと言う。そう言えば、此辺の景色が、千曲川の上流と何処か似て感ぜられる。景色のとり入れ方はむやみ[#「むやみ」に傍点]によいが、川の砂や石、第一、岩壁の色が、如何にも美しくない。其が味を薄くしている。ここで一晩とまった。村上あたりの中等学校の生徒だろう。五六人来て、宿の庭の岩陰に、てんと[#「てんと」に傍線]を張って居る。数年前から旅行すると、よくこうしたきゃんぷ[#「きゃんぷ」に傍線]連中に出あう。
荒川と言う其流れについて下って、高瀬とか言った宿屋数軒、外湯一棟と言う処も見て、湯沢温泉へ出た。そこで一軒、山の流れの行きどまりになったところの両側に跨って建って居る家に休んで、越後下関《エチゴシモゼキ》駅発の汽車の時間を待ち合せた。規模は小さいが、川の砂を掘り窪めて、村の子どもが泥の浴槽を造ったりしている遊び場が、鼻の先にあった。湯の量も相当にあるだろうのに、元湯の一棟を数室にしきった家族風呂を建てて居た。こう言うのをすくのが、此頃の客人気質かも知れぬが、宿屋の為に気の毒な気がした。
下関の村は、月六斎《ツキロクサイ》の市日の一つに当る日で、賑うて居た。軒並び覗いて見ても、隅々までも都会化した品物ばかりが並んでいる。目につく物は、凡てぶりき[#「ぶりき」に傍線]か、せるろいど[#「せるろいど」に傍線]である。なるほど、所謂げて[#「げて」に傍点]物が骨董並みに考えられる訣だと思う。もう山もここまで来ると、余程開けて、阪町までは、一続きと言う気がする。
ことしはどう言う訣か、何処へ行って尋ねても、山は岩魚のとれない処が多かった。やまめ[#「やまめ」に傍点]や、かじか[#「かじか」に傍点]すらあまり喰わしてくれる処がなかった。白布も高湯まで来ると、川が細って居るが、それでも岩魚は、始中終とれて来た。尤、稀に大きいのがついて来るのを、「此川のですか」と問うと、きっと外処《ワキ》の川から来たものだとの答えであった。小形《コブリ》だけれど、ころも[#「ころも」に傍点]を掛けて揚げたりしたのは、却てよかった。湯場から一里もさがると、大白部《オオシラブ》・小白部
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