農村の忙しくなった時分に、静かに入湯に来たいものと考える。

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をみなごの立ち居するどし。山の子に よきこと言ひて 人は聞かさず
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八月の中頃になって、ちっとでも東京に近寄って居ようと言う気が動いたのであろう。つい[#「つい」に傍点]栃木県まで引き還して来た。そうして今は、奥那須の大丸塚に居る。傾斜の激しい長い沢が、高い処から落して来て、ここで急に緩くなって居る。そうした、両側の巌の間から湯が流れて、湯川になっている。旧暦の七夕の星空もここで見た。八月の九日月も、川湯に浸って眺めた。やがて、此月が円かになるまでは、ここに居ようと思って居る。

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東京に帰らむと思ふ ひたごころ。山萩原に地伝ふ風音
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底本:「日本の名随筆10 山」作品社
   1983(昭和58)年6月25日第1刷発行
   1998(平成10)年8月10日第26刷発行
底本の親本:「折口信夫全集 第廿八巻」中央公論社
   1968(昭和43)年2月初版発行
※底本で、「先生も忽、うとうぶ[#「、うとうぶ」に傍点]きの」となっていたところは、底本の親本を参照して、「先生も忽、うとうぶき[#「うとうぶき」に傍点]の」に改めました。
入力:門田裕志
校正:多羅尾伴内
2003年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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