を端山の村まで弾きに来る琵琶房主があつた。時には、さうした座頭の房《ボン》を、手舁き足舁き連れこんで、隠れ里に撥音を響かせて貰うたりもした。山彦も木精《コダマ》もあきれて、唯、耳を澄してゐる。さうした山の幾夜が偲ばれる。日が過ぎて、山の土産をうんと背負はされた房様《ボサマ》が、奥山からはふり出された様な姿で山口の村へ転げ込んで、口は動かず、目は蠣の様に見つめたきりになつて居たりする。山人の好奇《モノメデ》に拐された座頭が、いつか、山の岩屋の隠れ里から、隠れ座頭がやつて来る、など言ふ話を生んだのであらう。
さうした出来心から降つて湧いた歴史知識が、村の伝へに元祖と言ふ御子様や、何|大将軍《ダイシヤウグン》とかもすれば、何天子や某の宮、其おつきの都の御大身であつたかと、村の系図の通称や官名ばかりの人々のほんとうの名が知れて、山の歴史はまともに明りを受けた。焼畑《コバ》や岩地《ソネ》うつたつきも、張り合ひがついて来る。盲僧の軍記語りの筋は、山にも里にも縁のなくなつたずつとの昔の、とつと[#「とつと」に傍点]の遠国《ヲンゴク》の事実と聞きとる習慣があつたのなら、かうした事は日本国中の山家と言ふ
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