る[#「すでる」に傍線]間に、神々は、すで水[#「すで水」に傍線]の霊力で生れたことになる。永い寿を言ふのもすで水[#「すで水」に傍線]の信仰からである。昔の国々島々の王者は皆命が長かつた。今の世の人の信じない年数だつた。
神皇正統記の神代巻の終りなどを教へると、若い人たちは笑ふ。なまいき[#「なまいき」に傍線]なのは、人皇の代の年数までも其伝で、可なり為政者等が長めたものだらうと言ふ。こんな入れ智慧をする間に、歴史学研究の方々はも一度すで水[#「すで水」に傍線]で顔も腸も洗うた序に、研究法もすでらせる[#「すでらせる」に傍線]がよい。日本人には、そんな寿命の人を考へる原因があり、歴史があるのだ。そして、同じ名の同じ人格の同じ感情で、同じ為事を何百年も続けてゐた常若な※[#「广+寺」、130−14]部《カンダチメ》や巫女が、幾人も/\あつた事を考へて見るがよい。此一人格の長い為事をば小さく区ぎつて、歴史的の個々の人格に割りあてたのである。その今一つ前は、千年であらうが、どれだけ続かうが、一続きの日の御子や、まへつぎみ[#「まへつぎみ」に傍線]・※[#「广+寺」、130−16]部《カンダチメ》の時代があつたのだ。
日本人が忘れたまゝで若水を祝ひ、島の人々がまだ片なりに由緒を覚えてすで水[#「すで水」に傍線]を使うてゐる。日・琉双方の初春の若水其は、つれ/″\を佗ぶる事を知らぬ古代の村人どもが、春から冬までの一年の外は、知らず考へずに居つた時代から、言葉を換へ/\して続けて来た風習である。考へて見れば、其様にくり返し/\、日本の国に生れた者は日本国民の名で、永くおのが生命を託する時代の事だと考へて来もし、行きもするのだ。我々の資格は次の世の資格である。人の村や国或は版図に対しては、その寿詞を受ける度に其外来魂をとり入れ/\して、国は段々太つて来た。長い伝統とは言ふが実は、海の村人の如く、全体としては夢の一生を積み/\して来た結果である。すで水[#「すで水」に傍線]を呑むのは、選ばれた人だけだつた。其にも係らず、人々は皆其にあやからうとした。せめては自家の井戸からでも、一掬の常世の水を吊らうと努力して来た。さうして家や村には、ともかくこんな人が充ちてゐたのだ。すで人[#「すで人」に傍線]からのあやかりものである。此機会に「おめでたごと」の話を言ひ添へて置かう。
七
下品な語だが「さば」を読むと言ふ。うつかりと此話にも「さば」を読んだところがある。「さば」は産飯《サバ》で、魚の鯖ではない。神棚に上げる盛り飯の頭をはねて、地べたなどへ散したりする。頭だから「あたまをはねる」との同義で、さばはね[#「さばはね」に傍線]を加へて勘定する事である。さば[#「さば」に傍線]といふ語は大分古くからあつたと見え、尊者に上げる食物を通じてさば[#「さば」に傍線]と言ふ様だ。
春の初めと盆前の七日以後、後の藪入りの前型だが、さば[#「さば」に傍線]を読みに出かけた。親に分れて住む者は、親の居る処へ、舅・姑のゐる里へも、殊に親分・親方の家へは子分・子方の者が、何処に住まうが遠からうが、わざ/\挨拶に出かけた。藪入りの丁稚・小女までが親里を訪れるのは、此風なのだ。だから日は替つても、正月・盆の十六日になつてゐる。
閻魔堂・十王堂・地蔵堂などへ参るのは、皆が魂の動き易い日の記念であつたので、魂を預かる人々の前に挨拶に出かけたのだ。此は自分の魂の為であらう。また家へ帰るのは、蕪村が言うた「君見ずや。故人太祇の句。藪入りのねるや一人の親のそば」。さうした哀を新にする為に立ちよるのではなかった。親への挨拶よりも、親の魂への御祝儀にも出かけたのだ。
「おめでたう」はお正月の専用語になつたが、実は二度の藪入りに、子と名のつく者|即《すなはち》子分・子方が、親分・親方の家へ出て言うた語なのである。上は一天万乗の天子も、上皇・皇太后の内に到られた。公家・武家・庶民を通じて、常々目上と頼む人の家に「おめでたう」を言ひに行つたなごりである。「おめでたくおはしませ」の意で、御同慶の春を欣ぶのではない。「おめでたう」をかけられた目上の人の魂は、其にかぶれてめでたくなるのだ。此が奉公人・嫁壻の藪入りに固定して、「おめでたう」は生徒にかけられると、先生からでも言ふやうになつて了うた。此は間違ひで、昔なら大変である。一気に其目下の者の下につく誓ひをしたことになる。盆に「おめでたう」を言うてゐる地方は、あるかなきかになつた。でも生盆《イキボン》・生御霊《イキミタマ》と言ふ語は御存じであらう。聖霊迎への盆前に、生御魂を鎮めに行くのであつた。室町頃からは「おめでたごと」と言うた様であるから、盆でも「おめでたう」を唱へたのである。正月の「おめでたう」は年頭の祝儀として、本義は忘れ
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