と言ふ語には、前提としてある期間の休息を伴うてゐる。植物で言ふと枯死の冬の後、春の枝葉がさし、花が咲いて、皆去年より太く、大きく、豊かにさへなつて来る。此週期的の死は、更に大きな生の為にあつた。春から冬まで来て、野山の草木の一生は終る。翌年復春から冬までの一生がある。前の一年と後の一年とは互に無関係である。冬の枯死は、さうした全然違つた世界に入る為の準備期間だとも言へる。
だが、かうした考へ方は、北方から来た先祖の中には強く動いてゐても、若水を伝承した南方種の祖先には、結論はおなじでも、直接の原因にはなつてゐない。動物の例を見れば、もつと明らかに此事実が訣る。殊に熱帯を経て来たものとすれば、一層動物の生活の推移の観察が行き届いてゐる筈だ。蛇でも鳥でも、元の殻には収まりきらぬ大きさになつて、皮や卵殻を破つて出る。我々から見れば、皮を蛻ぐまでの間は、一種のねむり[#「ねむり」に傍線]の時期であつて、卵は誕生である。日・琉共通の先祖は、さうは考へなかつた。皮を蛻《ヌ》ぎ、卵を破つてからの生活を基礎として見た。其で、人間の知らぬ者が、転生身を獲る準備の為に、籠るのであつた。殊に空を自在に飛行する事から、前身の非凡さを考へ出す。畢竟卵や殻は、他界に転生し、前身とは異形《イギヤウ》の転身を得る為の安息所であつた。蛇は卵を出て後も、幾度か皮を蛻ぐ。茲に、這ふ虫の畏敬せられた訣がある。
南島では屡、蝶を鳥と同様に見てゐる。神又は悪魔の使女《ヴナヂ》としてゐるのは、鳥及び蝶であつた。わが国でも、てふとり[#「てふとり」に傍線]の名で、蝶を表してゐた。蛇よりも、蝶の変形は熱帯ほど激しかつた。蝶だと思うてゐると、卵の内にこもつてしまひ、また毛虫になつて出て来る。此が第二の卵なる繭に籠つて出て来ると、見替す美しさで、飛行自在の力を得て来る。だから卵や殻・繭などが神聖視せられて来るのである。
朝鮮では、鳥の卵を重く見るやうになつてゐた。卵から出た君主・英雄の話がある。古代君主の姓から、卵からと言ふより瓠から出たと解せられてゐるのもある。日本では朝鮮同様、殻其他の容れ物に入つて、他界から来ることになつてゐる。他界と他生物との違ひであるが、生物各別の天地に生きて、時々他の住居を訪ふものと見てゐた時代である。だから、畢竟おなじ事になるのだ。
秦《ハタ》[#(ノ)]河勝《カハカツ》の壺・桃太郎の桃・瓜子姫子《ウリコヒメコ》の瓜など皆、水によつて漂ひついた事になつてゐる。だが此は、常世から来た神の事をも含んであるのだ。瓢・うつぼ舟・無目堅間《マナシカタマ》などに入つて、漂ひ行く神の話に分れて行く。だから、何れ、行かずとも、他界の生を受ける為に、赫耶姫は竹の節間《ヨノナカ》に籠つてゐた。此籠つてゐる、異形身を受ける間の生活の記憶が人間のこもり[#「こもり」に傍線]・いみ[#「いみ」に傍線]となつた。いみや[#「いみや」に傍線]にひたやこもり[#「ひたやこもり」に傍線]することが、人から身を受ける道と考へられた。尚厳重なものは、衾に裹まれて、長くゐねばならなかつた。
かうした殻皮などの間にゐる間が死であつて、死によつて得るものは、外来のある力である。其威力が殻の中の屍に入ると、すでる[#「すでる」に傍線]といふ誕生様式をとつて、出現することになる。正確に言へば、外来威力の身に入るか入らぬかゞ境であるが、まづ殻をもつて、前後生活の岐れ目と言うてよい。だから別殊の生を得るのだ。一方時間的に連続させて考へる様になると、よみがへり[#「よみがへり」に傍線]と考へられるのである。すでる[#「すでる」に傍線]は「若返る」意に近づく前に「よみがへる」意があり、更に其原義として、外来威力を受けて出現する用語例があつたのである。
大国主は形から謂へば、七度までも死から蘇つたものと見てよい。夜見の国では、恋人の入れ智慧で、死を免れてゐる。此は死から外来威力の附加を得たことの変化であらう。智恵も一つの外来威力を与ふるところだつたのである。
よみがへり[#「よみがへり」に傍線]の一つ前の用語例が、すでる[#「すでる」に傍線]の第一義で、日本の「をつ」も其に当る。彼方から来ると言ふ義で、をち[#「をち」に傍線]の動詞化の様に見えるが、或は自らするををつ[#「をつ」に傍線]、人のする時ををく[#「をく」に傍線](招)と言うたのか。さうすれば、語根「を」の意義まで溯る事が出来よう。をち[#「をち」に傍線]なる語が、人間生活の根本を表したらしい例は、をちなし[#「をちなし」に傍線]と言ふ語で、肝魂を落した者などを意味する。柳田国男先生は、まな[#「まな」に傍線]なる外来魂を稜威《イツ》なる古語で表したのだと言はれたが、恐らく正しい考へであらう。いつ[#「いつ」に傍線]・みいつ[#「みいつ」に傍線]
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