おれは。こんなに、寝床の上を這いずり廻っているのが、だれにも訣らぬのか。こんなに、手足をばたばたやっているおれの、見える奴が居ぬのか。
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その唸《うめ》き声のとおり、彼の人の骸は、まるでだだをこねる赤子のように、足もあががに、身あがきをば、くり返して居る。明りのささなかった墓穴の中が、時を経て、薄い氷の膜ほど透けてきて、物のたたずまいを、幾分|朧《おぼ》ろに、見わけることが出来るようになって来た。どこからか、月光とも思える薄あかりが、さし入って来たのである。
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どうしよう。どうしよう。おれは。――大刀までこんなに、錆《さ》びついてしまった……。
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   二

月は、依然として照って居た。山が高いので、光りにあたるものが少かった。山を照し、谷を輝かして、剰《あま》る光りは、又空に跳ね返って、残る隈々《くまぐま》までも、鮮やかにうつし出した。
足もとには、沢山の峰があった。黒ずんで見える峰々が、入りくみ、絡みあって、深々と畝《うね》っている。其が見えたり隠れたりするのは、この夜更けになって、俄かに出て来た霞の所為《せい
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