》だ。其が又、此冴えざえとした月夜をほっとり[#「ほっとり」に傍点]と、暖かく感じさせて居る。
広い端山《はやま》の群った先は、白い砂の光る河原だ。目の下遠く続いた、輝く大佩帯《おおおび》は、石川である。その南北に渉《わた》っている長い光りの筋が、北の端で急に広がって見えるのは、凡河内《おおしこうち》の邑《むら》のあたりであろう。其へ、山間《やまあい》を出たばかりの堅塩《かたしお》川―大和川―が落ちあって居るのだ。そこから、乾《いぬい》の方へ、光りを照り返す平面が、幾つも列《つらな》って見えるのは、日下江《くさかえ》・永瀬江《ながせえ》・難波江《なにわえ》などの水面であろう[#「あろう」は底本では「あらう」]。
寂《しず》かな夜である。やがて鶏鳴近い山の姿は、一様に露に濡れたように、しっとりとして静まって居る。谷にちらちらする雪のような輝きは、目の下の山田谷に多い、小桜の遅れ咲きである。
一本の路が、真直に通っている。二上山の男岳《おのかみ》・女岳《めのかみ》の間から、急に降《さが》って来るのである。難波から飛鳥《あすか》の都への古い間道なので、日によっては、昼は相応な人通りがある。道
前へ 次へ
全159ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング