《もた》げて来て困った。仲麻呂は今年、五十を出ている。其から見れば、ひとまわりも若いおれなどは、思い出にもう一度、此匂やかな貌花《かおばな》を、垣内《かきつ》の坪苑《つぼ》に移せぬ限りはない。こんな当時の男が、皆持った心おどり[#「心おどり」に傍点]に、はなやいだ、明るい気がした。
だが併し、あの郎女は、藤原四家の系統《すじ》で一番、神《かん》さびたたち[#「たち」に傍点]を持って生れた、と謂《い》われる娘御である。今、枚岡の御神に仕えて居る斎《いつ》き姫《ひめ》の罷《や》める時が来ると、あの嬢子《おとめ》が替って立つ筈だ。其で、貴い所からのお召しにも応じかねて居るのだ。……結局、誰も彼も、あきらめねばならぬ時が来るのだ。神の物は、神の物――。横佩家の娘御は、神の手に落ちつくのだろう。
ほのかな感傷が、家持の心を浄《きよ》めて過ぎた。おれは、どうもあきらめが、よ過ぎる。十《とお》を出たばかりの幼さで、母は死に、父は疾《や》んで居る太宰府へ降《くだ》って、夙《はや》くから、海の彼方《あなた》の作り物語りや、唐詩《もろこしうた》のおかしさを知り初《そ》めたのが、病みつきになったのだ。死んだ
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