らせが届いたこと其外には、何も聞きこむ間のなかったことまで。家持の聯想《れんそう》は、環《わ》のように繋《つなが》って、暫らくは馬の上から見る、街路も、人通りも、唯、物として通り過ぎるだけであった。
南家で持って居た藤原の氏上《うじのかみ》職が、兄の家から、弟仲麻呂―押勝―の方へ移ろうとしている。来年か、再来年《さらいねん》の枚岡祭りに、参向する氏人の長者は、自然かの大師のほか、人がなくなって居る。恵美家からは、嫡子久須麻呂の為、自分の家の第一嬢子《だいいちじょうし》をくれとせがまれて居る。先日も、久須麻呂の名の歌が届き、自分の方でも、娘に代って返し歌を作って遣した。今朝も今朝、又折り返して、男からの懸想文《けそうぶみ》が、来ていた。
その壻候補《むこがね》の父なる人は、五十になっても、若かった頃の容色に頼む心が失せずにいて、兄の家娘にも執心は持って居るが、如何に何でも、あの郎女だけには、とり次げないで居る。此は、横佩家へも出入りし、大伴家へも初中終《しょっちゅう》来る古刀自《ふるとじ》の、人のわるい内証話であった。其を聞いて後、家持自身も、何だか好奇心に似たものが、どうかすると頭を擡
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