父も、そうした物は、或は、おれよりも嗜《す》きだったかも知れぬほどだが、もっと物に執著《しゅうじゃく》が深かった。現に、大伴の家の行く末の事なども、父はあれまで、心を悩まして居た。おれも考えれば、たまらなくなって来る。其で、氏人を集めて喩《さと》したり、歌を作って訓諭して見たりする。だがそうした後の気持ちの爽《さわ》やかさは、どうしたことだ。洗い去った様に、心が、すっとしてしまうのだった。まるで、初めから家の事など考えて居なかった、とおなじすがすがしい心になってしまう。
あきらめと言う事を、知らなかった人ばかりではないか。……昔物語りに語られる神でも、人でも、傑《すぐ》れた、と伝えられる限りの方々は――。それに、おれはどうしてこうだろう。
家持の心は併し、こんなに悔恨に似た心持ちに沈んで居るに繋《つなが》らず、段々気にかかるものが、薄らぎ出して来ている。
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ほう これは、京極《きょうはて》まで来た。
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朱雀大路も、ここまで来ると、縦横に通る地割りの太い路筋ばかりが、白々として居て、どの区画にも区画にも、家は建って居ない。去年の草の立ち枯れた
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