が、上《あが》って来た。其が却《かえっ》て、あるいている道の辺《ほとり》の凄《すご》さを照し出した。其でも、星明りで辿って居るよりは、よるべを覚えて、足が先へ先へと出た。月が中天へ来ぬ前に、もう東の空が、ひいわり[#「ひいわり」に傍点]白んで来た。
夜のほのぼの明けに、姫は、目を疑うばかりの現実に行きあった。――横佩家の侍女たちは何時も、夜の起きぬけに、一番最初に目撃した物事で、日のよしあしを、占って居るようだった。そう言う女どものふるまいに、特別に気は牽《ひ》かれなかった郎女だけれど、よく其人々が、「今朝の朝目がよかったから」「何と言う情ない朝目でしょう」などと、そわそわと興奮したり、むやみに塞《ふさ》ぎこんだりして居るのを、見聞きしていた。
郎女《いらつめ》は、生れてはじめて、「朝目よく」と謂《い》った語を、内容深く感じたのである。目の前に赤々と、丹塗《にぬ》りに照り輝いて、朝日を反射して居るのは、寺の大門ではないか。そうして、門から、更に中門が見とおされて、此もおなじ丹塗りに、きらめいて居る。
山裾の勾配《こうばい》に建てられた堂・塔・伽藍《がらん》は、更に奥深く、朱《あけ》に、
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