青に、金色に、光りの棚雲を、幾重にもつみ重ねて見えた。朝目のすがしさは、其ばかりではなかった。其|寂寞《せきばく》たる光りの海から、高く抽《ぬき》でて見える二上の山。淡海公の孫、大織冠《たいしょくかん》には曾孫。藤氏族長太宰帥、南家《なんけ》の豊成、其|第一嬢子《だいいちじょうし》なる姫である。屋敷から、一歩はおろか、女部屋を膝行《いざ》り出ることすら、たまさかにもせぬ、郎女のことである。順道《じゅんとう》ならば、今頃は既に、藤原の氏神河内の枚岡《ひらおか》の御神か、春日の御社《みやしろ》に、巫女《みこ》の君として仕えているはずである。家に居ては、男を寄せず、耳に男の声も聞かず、男の目を避けて、仄暗《ほのぐら》い女部屋に起き臥ししている人である。世間の事は、何一つ聞き知りも、見知りもせぬように、おうしたてられて来た。
寺の浄域が、奈良の内外《うちと》にも、幾つとあって、横佩墻内《よこはきかきつ》と讃えられている屋敷よりも、もっと広大なものだ、と聞いて居た。そうでなくても、経文の上に伝えた浄土の荘厳《しょうごん》をうつすその建て物の様は想像せぬではなかった。だが目《ま》のあたり見る尊さは
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