もない方に、目を凝して、何時までも端坐して居た。郎女の心は、其時から愈々澄んだ。併し、極めて寂しくなり勝《まさ》って行くばかりである。
ゆくりない日が、半年の後に再来て、姫の心を無上《むしょう》の歓喜に引き立てた。其は、同じ年の秋、彼岸中日の夕方であった。姫は、いつかの春の日のように、坐していた。朝から、姫の白い額の、故もなくひよめいた[#「ひよめいた」に傍点]長い日の、後《のち》である。二上山の峰を包む雲の上に、中秋の日の爛熟《らんじゅく》した光りが、くるめき出したのである。雲は火となり、日は八尺の鏡と燃え、青い響きの吹雪を、吹き捲《ま》く嵐――。
雲がきれ、光りのしずまった山の端は細く金の外輪を靡《なび》かして居た。其時、男岳・女岳の峰の間に、ありありと浮き出た 髪 頭 肩 胸――。
姫は又、あの俤を見ることが、出来たのである。
南家の郎女の幸福な噂が、春風に乗って来たのは、次の春である。姫は別様の心躍りを、一月も前から感じて居た。そうして、日を数《と》り初めて、ちょうど、今日と言う日。彼岸中日、春分の空が、朝から晴れて、雲雀《ひばり》は天に翔《かけ》り過ぎて、帰ることの出来ぬほど
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