縹色《はなだいろ》の布が、うなじを隠すほどに、さがっていた。
日は仲春、空は雨あがりの、爽《さわ》やかな朝である。高原の寺は、人の住む所から、自《おのずか》ら遠く建って居た。唯|凡《およそ》、百人の僧俗が、寺《じ》中に起き伏して居る。其すら、引き続く供養|饗宴《きょうえん》の疲れで、今日はまだ、遅い朝を、姿すら見せずにいる。
その女人は、日に向ってひたすら輝く伽藍《がらん》の廻りを、残りなく歩いた。寺の南|境《ざかい》は、み墓山の裾から、東へ出ている長い崎の尽きた所に、大門はあった。其中腹と、東の鼻とに、西塔・東塔が立って居る。丘陵の道をうねりながら登った旅びとは、東の塔の下に出た。雨の後の水気の、立って居る大和の野は、すっかり澄みきって、若昼《わかひる》のきらきらしい景色になって居る。右手の目の下に、集中して見える丘陵は傍岡《かたおか》で、ほのぼのと北へ流れて行くのが、葛城川だ。平原の真中に、旅笠を伏せたように見える遠い小山は、耳無《みみなし》の山《やま》であった。其右に高くつっ立っている深緑は、畝傍山《うねびやま》。更に遠く日を受けてきらつく水面は、埴安《はにやす》の池《いけ》では
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