其でも一時は、倶舎《くしゃ》の寺として、栄えたこともあったのだった。
飛鳥の御世の、貴い御方が、此寺の本尊を、お夢に見られて、おん子を遣され、堂舎をひろげ、住侶《じゅうりょ》の数をお殖しになった。おいおい境内になる土地の地形《じぎょう》の進んでいる最中、その若い貴人が、急に亡くなられた。そうなる筈の、風水の相が、「まろこ」の身を招き寄せたのだろう。よしよし墓はそのまま、其村に築くがよい、との仰せがあった。其み墓のあるのが、あの麻呂子山だと言う。まろ子というのは、尊い御一族だけに用いられる語で、おれの子というほどの、意味であった。ところが、其おことばが縁を引いて、此郷の山には、其後亦、貴人をお埋め申すような事が、起ったのである。
だが、そう言う物語りはあっても、それは唯、此里の語部の姥《うば》の口に、そう伝えられている、と言うに過ぎぬ古物語りであった。纔《わず》かに百年、其短いと言える時間も、文字に縁遠い生活には、さながら太古を考えると、同じ昔となってしまった。
旅の若い女性《にょしょう》は、型摺《かたず》りの大様な美しい模様をおいた著《き》る物を襲うて居る。笠は、浅い縁《へり》に、深い
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