この幸福な転変に、目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って居るだろう。此郷に田荘《なりどころ》を残して、奈良に数代住みついた豪族の主人も、その日は、帰って来て居たっけ。此は、天竺《てんじく》の狐の為わざではないか、其とも、この葛城郡に、昔から残っている幻術師《まぼろし》のする迷わしではないか。あまり荘厳《しょうごん》を極めた建て物に、故知らぬ反感まで唆《そそ》られて、廊を踏み鳴し、柱を叩いて見たりしたものも、その供人《ともびと》のうちにはあった。
数年前の春の初め、野焼きの火が燃えのぼって来て、唯一宇あった萱堂《かやどう》が、忽《たちまち》痕《あと》もなくなった。そんな小な事件が起って、注意を促してすら、そこに、曾《かつ》て美《うるわ》しい福田と、寺の創《はじ》められた代《よ》を、思い出す者もなかった程、それはそれは、微かな遠い昔であった。
以前、疑いを持ち初める里の子どもが、其堂の名に、不審を起した。当麻の村にありながら、山田寺《やまだでら》と言ったからである。山の背《うしろ》の河内の国|安宿部郡《あすかべごおり》の山田谷から移って二百年、寂しい道場に過ぎなかった。
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