に語り進んだ姥は、ふと口をつぐんだ。外には、瀬音が荒れて聞えている。中臣・藤原の遠祖が、天二上《あめのふたかみ》に求めた天八井《あめのやい》の水を集めて、峰を流れ降り、岩にあたって漲《みなぎ》り激《たぎ》つ川なのであろう。瀬音のする方に向いて、姫は、掌《たなそこ》を合せた。
併しやがて、ふり向いて、仄暗《ほのぐら》くさし寄って来ている姥の姿を見た時、言おうようない畏《おそろ》しさと、せつかれるような忙しさを、一つに感じたのである。其に、志斐姥の、本式に物語りをする時の表情が、此老女の顔にも現れていた。今、当麻の語部の姥は、神憑《かみがか》りに入るらしく、わなわな震いはじめて居るのである。

   四

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ひさかたの  天二上《あめふたかみ》に、
我《あ》が登り   見れば、
とぶとりの  明日香《あすか》
ふる里の   神南備山隠《かむなびごも》り、
家どころ   多《さは》に見え、
豊《ゆた》にし    屋庭《やには》は見ゆ。
弥彼方《いやをち》に   見ゆる家群《いへむら》
藤原の    朝臣《あそ》が宿。
 遠々に    我《あ》が見るものを、
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