っと明るくなった御灯《みあかし》の色で、その姥の姿から、顔まで一目で見た。どこやら、覚えのある人の気がする。さすがに、姫にも人懐しかった。ようべ家を出てから、女性《にょしょう》には、一人も逢って居ない。今そこに居る姥が、何だか、昔の知り人のように感じられたのも、無理はないのである。見覚えのあるように感じたのは、だが、其親しみ故だけではなかった。
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郎女さま。
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緘黙《しじま》を破って、却《かえっ》てもの寂しい、乾声《からごえ》が響いた。
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郎女は、御存じおざるまい。でも、聴いて見る気はおありかえ。お生れなさらぬ前の世からのことを。それを知った姥でおざるがや。
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一旦、口がほぐれると、老女は止めどなく、喋《しゃべ》り出した。姫は、この姥の顔に見知りのある気のした訣《わけ》を、悟りはじめて居た。藤原南家にも、常々、此年よりとおなじような媼《おむな》が、出入りして居た。郎女たちの居る女部屋までも、何時もずかずか這入って来て、憚《はばか》りなく古物語りを語った、あの中臣志斐媼《なかとみのしいのおむな》―
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