ら、むき出しに、空の星が見えた。風が唸《うな》って過ぎたと思うと、其高い隙から、どっと吹き込んで来た。ばらばら落ちかかるのは、煤《すす》がこぼれるのだろう。明王の前の灯が、一時《いっとき》かっと明るくなった。
その光りで照し出されたのは、あさましく荒《すさ》んだ座敷だけでなかった。荒板の牀の上に、薦筵《こもむしろ》二枚重ねた姫の座席。其に向って、ずっと離れた壁ぎわに、板敷に直《じか》に坐って居る老婆の姿があった。
壁と言うよりは、壁代《かべしろ》であった。天井から吊りさげた竪薦《たつごも》が、幾枚も幾枚も、ちぐはぐに重って居て、どうやら、風は防ぐようになって居る。その壁代に張りついたように坐って居る女、先から※[#「亥+欠」、第3水準1−86−30]嗽《しわぶき》一つせぬ静けさである。貴族の家の郎女は、一日もの言わずとも、寂しいとも思わぬ習慣がついて居た。其で、この山陰の一つ家に居ても、溜《た》め息《いき》一つ洩《もら》すのではなかった。昼《ひ》の内此処へ送りこまれた時、一人の姥《うば》のついて来たことは、知って居た。だが、あまり長く音も立たなかったので、人の居ることは忘れて居た。今ふ
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