字下げ終わり]
から謡い起す神語歌《かみがたりうた》を、語部に歌わせる風が、次第にひろまって来るのを、防ぎとめることが出来なくなって居た。
南家《なんけ》の郎女《いらつめ》にも、そう言う妻覓《つまま》ぎ人が――いや人群《ひとむれ》が、とりまいて居た。唯、あの型ばかり取り残された石城の為に、何だか屋敷へ入ることが、物忌み――たぶう[#「たぶう」に傍点]――を犯すような危殆《ひあい》な心持ちで、誰も彼も、柵《さく》まで又、門まで来ては、かいまみしてひき還《かえ》すより上の勇気が、出ぬのであった。
通《かよ》わせ文《ぶみ》をおこすだけが、せめてものてだて[#「てだて」に傍点]で、其さえ無事に、姫の手に届いて、見られていると言う、自信を持つ人は、一人としてなかった。事実、大抵、女部屋の老女《とじ》たちが、引ったくって渡させなかった。そうした文のとりつぎをする若人―若女房―を呼びつけて、荒けなく叱って居る事も、度々見かけられた。
[#ここから1字下げ]
其方《おもと》は、この姫様こそ、藤原の氏神にお仕え遊ばす、清らかな常処女《とこおとめ》と申すのだ、と言うことを知らぬのかえ。神の咎《とが》めを憚《はばか》るがええ。宮から恐れ多いお召しがあってすら、ふつ[#「ふつ」に傍点]においらえを申しあげぬのも、それ故だとは考えつかぬげな。やくたい者。とっとと失せたがよい。そんな文とりついだ手を、率川《いざかわ》の一の瀬で浄めて来くさろう。罰《ばち》知らずが……。
[#ここで字下げ終わり]
こんな風に、わなり[#「わなり」に傍点]つけられた者は、併し、二人や三人ではなかった。横佩家《よこはきけ》の女部屋に住んだり、通うたりしている若人は、一人残らず一度は、経験したことだと謂《い》っても、うそ[#「うそ」に傍点]ではなかった。
だが、郎女は、ついに[#「ついに」に傍点]一度そんな事のあった様子も、知らされずに来た。
[#ここから1字下げ]
上つ方の郎女が、才《ざえ》をお習い遊ばすと言うことが御座りましょうか。それは近代《ちかつよ》、ずっと下《しも》ざまのおなご[#「おなご」に傍点]の致すことと承ります。父君がどう仰《おっしゃ》ろうとも、父御《ててご》様のお話は御一代。お家の習しは、神さまの御意趣《おむね》、とお思いつかわされませ。
[#ここで字下げ終わり]
氏の掟《おきて》の前には、氏上《う
前へ 次へ
全80ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング