と思う一心で、御姿《みすがた》から、目をそらさなかった。
あて人を讃えるものと、思いこんだあの詞《ことば》が、又心から迸《ほとばし》り出た。
[#ここから1字下げ]
なも 阿弥陀《あみだ》ほとけ。あなとうと 阿弥陀ほとけ。
[#ここで字下げ終わり]
瞬間に明りが薄れて行って、まのあたりに見える雲も、雲の上の尊者の姿も、ほのぼのと暗くなり、段々に高く、又高く上って行く。姫が、目送する間もない程であった。忽《たちまち》、二上山の山の端に溶け入るように消えて、まっくらな空ばかりの、たなびく夜に、なって居た。
[#ここから1字下げ]
あっし あっし。
[#ここで字下げ終わり]
足を蹈み、前《さき》を駆《お》う声が、耳もとまで近づいて来ていた。
十八
当麻《たぎま》の邑《むら》は、此頃、一本の草、一塊《ひとくれ》の石すら、光りを持つほど、賑《にぎわ》い充《み》ちて居る。
当麻真人家《たぎまのまひとけ》の氏神当麻彦の社へ、祭り時に外れた昨今、急に、氏上の拝礼があった。故|上総守老真人《かずさのかみおゆのまひと》以来、暫らく絶えて居たことである。
其上、もうに二三日に迫った八月《はつき》の朔日《ついたち》には、奈良の宮から、勅使が来向われる筈になって居た。当麻氏から出られた大夫人《だいふじん》のお生み申された宮の御代に、あらたまることになったからである。廬堂の中は、前よりは更に狭くなって居た。郎女が、奈良の御館《みたち》からとり寄せた高機《たかはた》を、設《た》てたからである。機織りに長《た》けた女も、一人や二人は、若人の中に居た。此女らの動かして見せる筬《おさ》や梭《ひ》の扱い方を、姫はすぐに会得した。機に上って日ねもす、時には終夜《よもすがら》織って見るけれど、蓮の糸は、すぐに円《つぶ》になったり、断《き》れたりした。其でも、倦《う》まずにさえ織って居れば、何時か織りあがるもの、と信じている様に、脇目からは見えた。
乳母《ちおも》は、人に見せた事のない憂わしげな顔を、此頃よくしている。
[#ここから1字下げ]
何しろ、唐土《もろこし》でも、天竺《てんじく》から渡った物より手に入らぬ、という藕糸織《はすいとお》りを遊ばそう、と言うのじゃもののう。
[#ここで字下げ終わり]
話相手にもしなかった若い者たちに、時々うっかりと、こんな事を、言う様になった。
[#ここから1字
前へ
次へ
全80ページ中73ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング