こご》えのした、唯の漢土びとじゃったげなが、心はまるで、やまとのものと、一つと思うが、お身なら、諾《うべの》うてくれるだろうの。
文成に限る事ではおざらぬが、あちらの物は、読んで居て、知らぬ事ばかり教えられるようで、時々ふっと思い返すと、こんな思わざった考えを、いつの間にか、持っている――そんな空恐しい気さえすることが、ありますて。お身さまにも、そんな経験《おぼえ》は、おありでがな。
大ありおお有り。毎日毎日、其よ。しまいに、どうなるのじゃ。こんなに智慧づいては、と思われてならぬことが――。じゃが、女子《おみなご》だけには、まず当分、女部屋のほの暗い中で、こんな智慧づかぬ、のどかな心で居させたいものじゃ。第一其が、われわれ男の為じゃて。
[#ここで字下げ終わり]
家持は、此了解に富んだ貴人に向っては、何でも言ってよい、青年のような気が湧いて来た。
[#ここから1字下げ]
さようさよう。智慧を持ち初めては、あの欝《いぶせ》い女部屋には、じっとして居ませぬげな。第一、横佩墻内《よこはきかきつ》の――
[#ここで字下げ終わり]
此はいけぬ、と思った。同時に、此|臆《おく》れた気の出るのが、自分を卑《ひく》くし、大伴氏を、昔の位置から自ら蹶落《けおと》す心なのだ、と感じる。
[#ここから1字下げ]
好《ええ》、好《ええ》。遠慮はやめやめ。氏上づきあいじゃもの。ほい又出た。おれはまだ、藤原の氏上に任ぜられた訣《わけ》じゃあ、なかったっけの。
[#ここで字下げ終わり]
瞬間、暗い顔をしたが、直にさっと眉の間から、輝きが出て来た。
[#ここから1字下げ]
身の女姪《めい》が神隠しにおうたあの話か。お身は、あの謎見たいないきさつ[#「いきさつ」に傍点]を、そう解《と》るかね。ふん。いやおもしろい。女姪の姫も、定めて喜ぶじゃろう。実はこれまで、内々消息を遣して、小あたりにあたって見た、と言う口かね、お身も。
大きに。
[#ここで字下げ終わり]
今度は軽い心持ちが、大胆に押勝の話を受けとめた。
[#ここから1字下げ]
お身さまが経験《ためし》ずみじゃで、其で、郎女の才高《ざえだか》さと、男択びすることが訣《わか》りますな――。
此は――。額ざまに切りつけるぞ――。免《ゆる》せ免せと言うところじゃが、――あれはの、生れだちから違うものな。藤原の氏姫じゃからの。枚岡《ひらおか》の斎《いつ》
前へ 次へ
全80ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング