かなことの答へにも、極度に遜《ヘ》り降つた語つきに、固い表情を、びくともさせる房主ではなかつた。卑下慢《ヒゲマン》とは、之を言ふのか、顏を見るから、相手を呑んでかゝる工夫をしてゐる。凡高い身分の人間と言ふのは、かう言ふものだと、たか[#「たか」に傍点]をくゝつて居る。其にしても、語の洗煉せられて、謙遜で、清潔なことは、どうだ。これで、發音に濁《タ》みた所さへなかつたら、都の公家詞《クゲコトバ》などは、とても及ばないだらう。この短い逗留の中に、謁見《エツケン》した一山の房主と言ふ房主は、皆この美しい詞《コトバ》で、大臣を驚した。其だけに、面從で、口煩い京《キヤウ》の實務官たちと、おなじで何處か違つた所のある、――氣の緩《ユル》せない氣持ちがした。
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風流なことだ。櫻を惜しむの、春のなごりのと、文學にばかり凝つて、天下のことは、思つて見もしないのだらう。この大臣は――。
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さう言ふ語を飜譯しながら、あの流暢な詞を、山鴉が囀つてゐるのである。
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自然の移りかはりを見ても、心を動してゐる暇《ヒマ》もございません。そんな明け暮れ
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