々《うら/\》と照り暮す山々を見せませうと、乳母《おも》が言ひ出した。木立、山陰から盗み見する者のないやうに、家人らを一町二町先まで見張りに出して、郎女を外に誘ひ出した。
暴風雨《あらし》の夜、添上、広瀬、葛城の野山をかち[#「かち」に傍点]あるきした姫ではない。乳母と今一人、若人の肩に手を置きながら、歩み出た。
日の光りは霞みもせず、陽炎も立たず、唯おどんで見えた。昨日眺めた野も、斜になつた日を受けて、物の影が細長く靡いて居た。青垣の様にとり捲く山々も、愈遠く裾を曳くやうに見える。
早い菫―げんげ―が、もうちらほら咲いてゐる。遠く見ると、その紫の色が一続きに見えて、薄い雲がおりて居るやうに思はれる。足もとに一本、おなじ花の咲いてゐるのを見つけた郎女は、膝を叢について、ぢつと眺め入つた。
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これはえ――
すみれと申すとのことで御座ります。
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かう言ふ風に、物を知らせるのが、あて人に仕へる人たちの為来りになつて居た。
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蓮《はちす》の花に似てゐながら、もつと細やかな、――絵にある仏の花を見るやうな――
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