居る間に、才《さえ》優れた族人が、彼を乗り越しかけて居た。姫には叔父、彼――豊成にはさしつぎの弟仲麻呂である。
その父君も、今は筑紫に居る。家族の半以上は、太宰帥のはな/″\しい生活の装ひとして連れて行つてしまつた。奈良の家は、とりわけ寂しくなつて居る。
宮廷から賜つて居る※[#「にんべん+慊のつくり」、第3水準1−14−36]従《とねり》は、大貴族の家々の門地の高さを示すものとして、美々しく著飾らして出入させたものだが、其すら太宰府へついて行つてしまつた。
寂かな屋敷には物音も聞えて来る時すら多かつた。この家の女部屋は、日あたりに疎い北の屋の西側に小さな蔀戸《しとみど》があつて、其をつきあげると、方一間位な※[#「片+總のつくり」、第3水準1−87−68]になるやうに出来てゐる。さうして其内側には夏冬なしに簾が垂れてあつて、外からの隙見を防いだ。
さうして其|外《そと》は、広い家の外廓になつて居て、大炊殿《おほいどの》もあれば、火焼《ひた》き屋なども、下人の住ひに近い処に立つてゐる。苑《その》と言はれる菜畠やちよつとした果樹園らしいものが、女部屋の窓から見える唯一の風景であつた。

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