ろで言つても、大伴にせよ。藤原にせよ。さう謂ふ妻どひ[#「妻どひ」に傍点]の式はなくて、数十代、宮廷をめぐつて仕へて来た村々のあるじの家筋だつた。
でも何時か、さうした氏々の間にも、妻迎への式には、
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八千矛の神のみことは、とほ/″\し高志《こし》の国に美《くは》し女《め》をありと聞かして、賢《さか》し女《め》をありと聞こして……
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から謡ひ起す神語歌《かみがたりうた》を、語部に歌はせる風が、次第にひろまつて来てゐた。

南家の郎女《いらつめ》にも、さう言ふ妻覓《つまま》ぎ人が――いや人群《ひとむれ》が、とりまいて居た。唯、あの形式だけ残された石城《しき》の為に、何だか屋敷へ入ることが、物忌み―たぶう[#「たぶう」に傍点]―を犯すやうな危殆《ひあひ》な心持ちで、誰も彼も、柵まで又門まで来ては、かいまみして帰るより外に、方法を見つけることが出来なかつた。
通《かよ》はせ文《ぶみ》をおこすだけがせめてもの手段で、其さへ無事に、姫の手に届いて披見せられるやら、自信を持つことが出来なかつた。事実、大抵、女部屋の老女《とじ》たちが引つたくつて、渡させ
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