い石城《しき》。懐しい昔構へ。今も家持のなくしともなく考へてゐる屋敷廻りの石垣が、思うてもたまらぬ重圧となつて、彼の胸にもたれかゝつて来るのを感じた。
[#ここから1字下げ]
おれには、だがこの築土垣を択《と》ることが出来ない。
[#ここで字下げ終わり]
家持の乗馬《め》は再憂鬱に閉された主人を背に、引き返して、五条まで上《あが》つて来た。此辺から右京の方へ折れこんで、坊角《まちかど》を廻りくねりして行く様子は、此主人に馴れた資人《とねり》たちにも、胸の測られぬ気を起させた。二人は時々顔を見合せ、目くはせをし乍ら、尚了解が出来ぬと言ふやうな表情を交《かは》し乍ら、馬の後を走つて行く。
[#ここから1字下げ]
こんなにも、変つて居たのかねえ。
[#ここで字下げ終わり]
ある坊角《まちかど》に来た時、馬をぴたと止めて、独り言のやうに言つた。
[#ここから1字下げ]
……旧《ふる》草に、新《にひ》草まじり、生《お》ひば、生ふるかに――だな。
[#ここで字下げ終わり]
近頃見出した歌※[#「にんべん+舞」、第4水準2−3−4]所《かぶしよ》の古記録「東歌」の中に見た一首がふと、此時、彼の言ひた
前へ 次へ
全148ページ中68ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング