らなくなつてしまつた。
其から、どれほどたつたのかなあ。どうもよつぽど、長い間だつた気がする。伊勢の巫女様、尊い姉御が来てくれたのは、居寝りの夢を醒された感じだつた。其に比べると、今度は、深い睡りの後《あと》見たいな気がする。
手にとるやうだ。目に見るやうだ。心を鎮めて……鎮めて。でないと、この考へが復散らかつて行つてしまふ。おれの昔があり/\と訣つて来た。だが待てよ。……さうして一体、こゝに居るおれはだれなのだ。だれの子なのだ。だれの夫《つま》なのだ。其をおれは忘れてしまつてゐるのだ。
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両の臂は、腰の廻り、胸の上、股から膝をまさぐつて[#「まさぐつて」に傍点]居る。さうしてまるで、生物のやうな深い溜め息が洩れて出た。
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大変だ。おのれの著物は、もうすつかり朽つて居る。おのれのはかま[#「はかま」に傍点]は埃になつて、飛んで行つた。どうしろと言ふのだ。此おれは、著物もなしに寝て居たのだ。
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筋ばしるやうに、彼の人のからだに、血の馳け廻るに似たものが過ぎた。肱を支へて、上半身が、闇の中に起き上つた。
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