井を意識した。次いで、氷になつた岩|牀《どこ》。両脇に垂れさがる荒石の壁。した/\と岩伝《いはづた》ふ雫の音。
時が経た――。眠りの深さが、はじめて頭に浮んで来る。長い眠りであつた。けれども又、浅い夢ばかりを見続けて居た気がする。うつら/\思つてゐた考へが、現実に繋つて、あり/\と目に沁みついてゐる。
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あゝ耳面刀自《みゝものとじ》。
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甦《よみがえ》つた語が、彼の人の思ひを、更に弾力あるものに響き返した。
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耳面刀自。おれはまだお前を。……思うてゐる。おれは、きのふこゝに来たのではない。それも、をとゝひや、其さきの日に、こゝに眠りこけたのでは決してないのだ。おれは、もつと/\長く寝て居た。でも、おれはまだ、お前を思ひ続けて居たぞ。耳面刀自《みゝものとぢ》。こゝに来る前から……こゝに寝ても、……其から、覚めた今まで、一続きに、一つ事を考へつめて居るのだ。
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古い習慣から――祖先以来さうしたやうに、此世に在る間さう暮して居た。――である。彼の人は、のくつと[#「のくつと」に傍点]起き直らうとした。
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