化などには、通じやうがなかつた。
でも其でよかつたのである。其でなくて、語の内容が其まゝ受けとられようものなら、南家の姫は、即座に気のふれた女と思はれてしまつたであらう。
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それで、御館《みたち》はどこやな。
みたち……。
おうちは……。
おうち……。
おやかたはと言ふのだよ。
をゝ。私の家。右京藤原南家……。
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俄然として、群集の上にざはめきが起つた。四五人だつたのに、後から/\登つて来た僧たちが加つて、二十人以上にもなつて居る。其が、口々に喋り出したのである。
ようべの嵐に、まだ残りがあつたと見えて、日の明るく照つて居る此小昼に、又風がざはつき出した。此の岡の崎にも、見おろす谷にも、其から二上山へかけての屋根々々にも、ちらほら白く見えて、花の木がゆすれて居る。小桜の花が咲き出したのである。
此時分になつて、奈良の家では、誰となく、こんな事を考へはじめた。此は、きつと里方の女たちがよくする春の野遊びに出られたのだ。何時からとも知らぬ習はしである。田舎人たちは、春秋の日夜平分する頂上の日には、一日、日の影を逐うて歩く風が行はれて居た。どこま
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