、乳母は唯気長にせよと女たちを諭し/\した。こんな事をして居る中に、又一月も過ぎて、桜の後、暫らく寂しかつた山に、躑躅が燃え立つた。足も行かれぬ崖の上や巌の腹などに、一|群《むら》々々咲いて居るのが、山の春は今だ、と言はぬばかりである。
ある日は、山へ/\と里の娘ばかりが上つて行くのを見た。凡数十人の若い女が、何処で宿つたのか、其次の日、てんでに赤い山の花を髪にかざして降りて来た。
どや/\と廬の前を通る時、皆頭をさげて行つた。其中の二三人が、つくねんとして暮す若人たちの慰みに呼び入れられて、板屋の端へ来た。当麻の田居も、今は苗代時である。やがては、田植ゑをする。其時は見に出やしやれ。こんな身でも、其時はずんと女子ぶりが上るぞなと笑ふ者もあつた。
[#ここから1字下げ]
こゝの田居の中で、植ゑ初めの田は、腰折れ田と言ふ都までも聞えた物語のある田ぢやげな。
[#ここで字下げ終わり]
若人たちは、又例の蠱物姥《まじものうば》の古語りであらうとまぜ返す。ともあれ、かうして山へ上つた娘だけが、今年の田の早処女《さをとめ》に当ります。其しるしが此ぢやと、大事さうに頭の躑躅に触れて見せた。もつと変
前へ 次へ
全148ページ中118ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング