好惡の論
折口信夫
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)避《サ》り
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)夜床|避《サ》りの
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)後から/\
−−
鴎外と逍遙と、どちらが嗜きで、どちらが嫌ひだ。かうした質問なら、わりに答へ易いのです。でも、稍老境を見かけた私どもの現在では、どちらのよい處も、嗜きになりきれない處も、見え過ぎて來ました。それでやつぱり、かうした簡單な討論の方へ加はれさうもありません。だからまして、廣く大海を探つて一粟をつまみあげろと言つた難題には、二の脚を踏まずには居られません。さあだれが嗜きで誰が嫌ひ。そんな印象も殘さない樣な讀み方で、作品を見續けて來た幾年の後、靜かにふりかへつて見ても、假作・實在の人物の性格や生活に、好惡を考へ分ける事が出來なくなつてゐます。今度、あなたの出題で、はじめて私どもの讀み方の、一面からは變であつた事に氣がつきました。家康を狸おやぢときめ、ざつくばらんな秀吉をひいきにする樣には、參りかねる樣になつて居た心境に心づきました。こんな言ひ方をするのも、甚だ人ずきのしないねつとりした人物の標本に、自分で据りこむ樣で氣がひけます。けれども、正直、氣どりなしに、あなたの閻魔帳の黒丸に値する「わかりません」を以て應ずる外はありません。
だが強ひて申さば、自分の生活を低く評價せられまいと言ふ意識を顯し過ぎた作品を殘した作者は、必後くち[#「くち」に傍点]のわるい印象を與へる樣です。
文學上に問題になる生活の價値は、「將來欲」を表現する痛感性の強弱によつてきまるのだと思ひます。概念や主義にも望めず、哲學や標榜などからも出ては參りません。まして、唯紳士としての體面を崩さぬ樣、とり紊さぬ賢者として名聲に溺れて一生を終つた人などは、文學者としては、殊にいたましく感じられます。のみか、生活を態度とすべき文學や哲學を態度とした増上慢の樣な氣がして、いやになります。鴎外博士なども、こんな意味で、いやと言へさうな人です。あの方の作物の上の生活は、皆「將來
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング