ひ[#「ほかひ」に傍線]することほぎ[#「ことほぎ」に傍線]の演技と、発想上の習慣とを強調して、当代の嗜好を迎へて行つた。
卜部のする護詞《イハヒゴト》は、平安期では祭文《サイモン》と言ひ、其表出のすべてをことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]と称へ替へた。そして、寺々の守護神・羅刹神の来臨する日の祭文は、後期王朝末から現れた。
陰陽道の日本への渡来は古い事で、支那の方士よりも、寧、仏家の行法を藉りて居る部分が多い。宮廷の陰陽道は漢風に近くても、民間のものは、其よりも古く這入つて来て、国民信仰の中に沁みついて居た。だから、神学的(?)にも、或は方式の上にも、仏家及び其系統に近づいた呪禁師《ジユゴンシ》の影響が沁みこんでゐる。貴僧で同時に、陰陽・呪禁に達した者もあつた。第一、仏・道二教の境界は、奈良の盛時にすら明らかでなかつたのである。
斎部の護詞《イハヒゴト》に替つた「卜部祭文」は、儒家の祭文とは別系統であつて、仏家の祭文をなぞつた痕が明らかである。而して、謹厳なるべき寺々の学曹の手になる仏前の祭文にまで影響して行つた。はじめは仏家の名目を学びながら、後には――名も実も――却つて寺固有の祭文
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