ある。「猿淡海《サルアフミ》」など言ふのも宇治土公の一族で、九州にゐた者であらう。女でないから、猿だけを称したのである。
其、族人の遊行するものが、すべて族長即、氏の神主の資格(こともち[#「こともち」に傍線]の信仰から)を持ち得た為に、猿丸太夫の名が広く、行はれたものと考へてよい。其諷誦宣布した詞章が行はれ、時代々々の改作を経て、短歌の形に定まつたのは、奈良・平安の間の事であつたらう。さうして其詞章の作者を抽き出して、一人の猿丸太夫と定めたのであらう。柿[#(ノ)]本[#(ノ)]人麻呂なども、さうした方面から作物及びひとまろ[#「ひとまろ」に傍線]の名を見ねばならぬ処がある様に思ふ。
とにかく、伝統古い猿女の男が、最新しい短歌の遊行伶人となつた事を仮説して見るのは、意義がありさうである。鎮魂祭の真言なる短章(ふり)が、或は、かうした方面から、短詩形の普及を早めたことを思ひ浮べさせる。
語部の職掌は、一方かういふ分科もあつた。語部が鎮魂の「歌《ウタ》[#(ノ)]本《モト》」を語る事が見え、又「事[#(ノ)]本」を告《ノ》るなど言ふ事も見えてゐる。うた[#「うた」に傍線]やことわざ[#「
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