は、一々知つて了ふ。思ひがけなくはね返した竹の輪や、炉火の為に敗亡して了うたと言ふ伝説が数へきれぬほどある。精霊に呪言を悟られぬ様にせねばならない。此をあべこべに唱へかけられると、精霊に征服せられるものと考へたらしい。神武天皇が、道臣[#(ノ)]命にこつそり策を授けて、諷歌倒語で、国中の妖気を掃蕩せしめられたと日本紀にある。悪霊・兇賊が如何に速かに呪言を唱へ返しても、詞どほりの効果しか無かつた。意想外に発言者の予期した暗示のまゝに相手に働きかけて、亡ぼして了うたのである。舌綟り、早口文句などが発達したのも、呪言の効果を精霊に奪はれまい為であつた。
山彦即木霊は、人の声をまねる処から、怖ぢられた。山の鳥や狸などにも、根負けしてかけあひ[#「かけあひ」に傍線]を止めると、災ひを受けると言ふ伝へが多い。呪言の効果が相殺してゐる場合、一つ先に止めると、相手の呪言の禍を蒙らねばならないのだ。
精霊と実際呪言争ひをする時はなかつたとしても、此畏れの印象する場合が多かつた。祭りの中心行事は、神・精霊の両方に扮した人々の呪言争ひが繰り返されるのであつた。国家時代に入つて、呪言から分化した叙事詩から、抒
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