、一等大切な唯の一点をすら考へ洩して居るのである。音声一途に憑《ヨ》る外ない不文の発想が、どう言ふ訣《わけ》で、当座に消滅しないで、永く保存せられ、文学意識を分化するに到つたのであらう。恋愛や、悲喜の激情は、感動詞を構成する事はあつても、文章の定型を形づくる事はない。又第一、伝承記憶の値打ちが、何処から考へられよう。口頭の詞章が、文学意識を発生するまでも保存せられて行くのは、信仰に関聯して居たからである。信仰を外にして、長い不文の古代に、存続の力を持つたものは、一つとして考へられないのである。
信仰に根ざしある事物だけが、長い生命を持つて来た。ゆくりなく発した言語詞章は、即座に影を消したのである。
私は、日本文学の発生点を、神授(と信ぜられた)の呪言《ジユゴン》に据ゑて居る。而《しか》も其《その》古い形は、今日溯れる限りでは、かう言つてよい様である。稍《やや》長篇の叙事脈の詞章で対話よりは拍子が細くて、諷誦の速さが音数よりも先にきまつた傾向の見える物であつた。左右相称・重畳の感を満足させると共に、印象の効果を考へ、文の首尾の照応に力を入れたものである。さうした神|憑《ガヽ》りの精神状態
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