詩系統の詞章の、伝来の正しさを重んずる事の外に、其語り人の神格化を信じて、新しい詞章を請ふ様にもなつたのだ。此が又、宣命・よごと[#「よごと」に傍線]・のりと[#「のりと」に傍線]・いはひごと[#「いはひごと」に傍線]などの新作を、神聖を犯すものとせず、障りなく発達させる内的の第一の動機となつた。
語部は、神がゝりすると言ふより、寧、神自身になつて、古詞章を伝へる内に、段々新聖曲を語り出す様にもなつた。此点にも、呪言と叙事詩との岐れ目がある。呪言では、新詞章の出来たのは、叙事詩よりも遅れてゐる。此には、宣命の新作が、大きな動力になつた。だが、其以前から、発生的に叙事詩と通用して、殆ど同体異貌のものであつたから、変り始めては居た事であらう。
語部の新詞章の語り始められたのは、恐らく、長い飛鳥の都以前からもあつたであらう。尚一面、壬生部の叙事詩が此と絡みあうて、名代部・子代部の新叙事詩を興した事も考へねばならぬ。其は、古い叙事詩を自然に改作し、而も新しい感触を含んだ物語や、歌を数多く入れた身につまされる様なのが出て来た。此名代部・子代部の伝承をある点まで集成したらしいのが、既述の海語部《アマガタリベ》である。
其は宮廷の語部としての、男性本位の団体で、芸術的意味をも含んで、採用せられたものらしい。彼等は民間より出て、宮廷に入つたが、大部分は尚民間を遊行して居た。さうして、生活の間に演奏種目を交換し、数を殖して行つた。都鄙・異族の叙事詩はかうして融通伝播したのである。
彼等は海村の神人として、農村の為に水を給する神に扮し、呪詞・物語・神わざを演出する資格があつた。かうして、ほかひ[#「ほかひ」に傍線]して廻つた結果、ほかひゞと[#「ほかひゞと」に傍線]の階級を形づくつた。海語部の外にも、社々・国々の神人の、布教・祝福の旅を続けたらしい者も、挙げることは出来るが、団体運動の歴史や、伝承系統の明らかなのは、此種族である。安曇と言ひ、天・尼・海を冠し、或は海部《カイフ》と言ふ地名の多いのが、現実の証拠である。漁り・潜《カヅ》きの地を尋ねて、住ひを移すと共に、かうしたほかひ[#「ほかひ」に傍線]をして廻つたのであつた。此にも男女の生業の違ひが認められた。此が山の神人としての山人の信仰が現れるまで、又其以後も、海の神人として尊まれ、畏れられ、忌まれもした水上・海道の巡游巫祝の成立であつた。
ほかひ[#「ほかひ」に傍線]・語り・芸能・占ひを兼ねた海の神人たる旅行団が、山神信仰時代に入ると、転じて、山人になつたのも多い。信州の安曇氏は固より、大和の穴師《アナシ》神人などが其だ。伊予の大三島の神人の如きは、海の神人の姿を保ちながら、山の神人の姿に変つて行つたもので、伊豆の三島神人は、其が更に山人化したものである。
叙事詩化した呪詞を伝承して、祝福以外に、一方面を拓いたのが、語部の物語であつた。だから、多少芸術化した叙事詩は、音楽的にも、聴く者の内界へ、自らなる影響を与へた。其上に、此には更に、鎮魂の威力をも考へねばならぬ。其は臣下からは、教育の出来ぬ宮廷・豪家の子弟の魂に、語部の物語の詞章が触れて、薫化するものと考へられてゐた事である。語部は此意味に於て、家庭教師らしい職分を分化して来た。平安の宮廷・豪家で、女房たちが、子女の教師であり、顧問でもあつた遠い源は、こゝに在る。だから、女房たちの手になつた平安の物語類は、読み聴かせる用途から出たのであつた。そして、黙読する物になり、説明から鑑賞に移つて、文学化を遂げた。其外に尚一つ、語部職の分化する大きな理由があつた。其はつぎ[#「つぎ」に傍線]の伝承である。

[#5字下げ]三 系図と名代部と[#「三 系図と名代部と」は中見出し]

つぎ[#「つぎ」に傍線]はよつぎ[#「よつぎ」に傍線]と言ふ形になつて、後代まで残つたものである。意義は転じたが、其でも、原義は失ひきらなかつた。継承次第を主として、其に説明を添へて進むと言つた、書き入れ系図の、自由な姿の口頭伝承である。
平安中期以後のよつぎ[#「よつぎ」に傍線]は、記録せられた歴史をも言ふが、其前は、記載の有無にも拘らずよつぎ[#「よつぎ」に傍線]と言ひ、更に古くは、語根のまゝつぎ[#「つぎ」に傍線]と言うたのである。此を記録し始めた時代からある期間は、つぎぶみ[#「つぎぶみ」に傍線](纂記・譜第)と称へて居た。宮廷のつぎ[#「つぎ」に傍線]は日を修飾にして、ひつぎ[#「ひつぎ」に傍線]と言ふ。日のみ子或は日神の系図の義で、口だて[#「口だて」に傍線]によつて諷誦せられたものである。恐らく、主上或は村君として持たねばならぬ威力の源なる外来魂を継承する信仰から出たものであらう。つぎ[#「つぎ」に傍線]に加へる事をつぎつ[#「つぎつ」に傍線](下二段活用)
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