によつて其由来の伝へられたものも多かつたらしい。併し、其母体なる物語の尚《なほ》存してゐて、其内から抜き出したものも多い事は、証明出来る。由来の忘られたものは、民間理会によつて適当らしい人・時・境遇を推し宛てゝ、作者や時代を極めてゐる。其為、根本一つに違ひない大歌に、人物や事情の全く違うた両様の説明が起つた。更に其うた[#「うた」に傍線]を二様に包みこんだ別殊の叙事詩があつたりもした。
氏々の呪言・叙事詩の類から游離したうた[#「うた」に傍線]・ことわざ[#「ことわざ」に傍線]のあつた事、並びに、其が大歌や呪文に採用せられたことは明らかである。大抵冒頭の語句を以て名としたふり[#「ふり」に傍線]と称するものは、他氏・他領出自の歌であつた。さうして、其には必、魂ふり[#「魂ふり」に傍線]の舞ぶり[#「舞ぶり」に傍線]を伴ふ。此が「風俗《フゾク》」である。中には、うた[#「うた」に傍線]の形を採りながら、まだ「物語」から独立しきつて居ないばかりか、其曲節すら、物語に近いものがあつたらしい。天語歌《アマガタリウタ》・読歌《ヨミウタ》などが、其である。

[#5字下げ]六 天語と卜部祭文との繋り[#「六 天語と卜部祭文との繋り」は中見出し]

名は神語《カムガタリ》・天語歌《アマガタリウタ》と区別してゐるが、此二つは、出自は一つで、様式も相通じたものである。唯天語歌の方が、幾分壊れた姿でないかと思はれる。而も却つて、神語の方に天語らしい痕跡が多い。
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いしたふや あまはせつかひ ことの語り詞《ゴト》も。此者《コヲバ》
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と言ふ形と、其拗曲した、
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ことの語り詞も。こをば
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と言ふのと、
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豊《トヨ》み酒《キ》たてまつらせ
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と乱《ヲサ》めるものと二つある。又此二つが重《かさな》つて、
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豊み酒たてまつらせ。ことの語り詞も。こをば
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となつたのなどがある。此から見ると、酒ほかひ[#「酒ほかひ」に傍線]の真言と、憤怨を鎮める呪文とには、共通の詞章や、曲節の用ゐられた事が考へられる。結婚の遂行は条件として、戦争とおなじく「霊争《モノアラソ》ひ」を要した古代には、名のり[#「名のり」に傍線]・喚《ヨ》ばひ[#「ばひ」に傍線]にすら、憤りを鎮めるうた[#「うた」に傍線]が行はれたのである。
あまはせつかひ[#「あまはせつかひ」に傍線]とは、海部駈使丁《アマハセツカヒ》の義である。神祇官の配下の駈使丁《ハセツカヒ》として召された海部《アマベ》の民を言うたらしい。此等の海部の内、亀卜に達したものが、陰陽寮にも兼務する事になつたものと見える事は、後代の事実から推論せられる。此等の海部駈使丁《アマハセツカヒ》や、其固定した卜部が行うたことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]の護詞や、占ひ・祓への詞章などの次第に物語化し――と言ふより一方に傾いたと言ふ方がよい――たものが「海部物語《アマガタリ》」であり、其うた[#「うた」に傍線]の部分が「天語歌」であつたと言へよう。海部駈使丁の聖職が分化して、卜部と天語部とを生じた。天語部を宰領する家族なる故の天語連《アマガタリノムラジ》のかばね[#「かばね」に傍線]まで出来た。
其伝へた詞章の中のある一類は、神語とも伝へたのであらう。神語は天語の中の秘曲を意味するらしく、天語なる事に替りはない。古くすでに「海部物語《アマガタリ》」を「天つ物語」と感じて、神聖観をあま[#「あま」に傍線]の音に感じ、天語と解したのである。其|囃《はや》しとも乱辞《ヲサメ》とも見える文句は、天語連の配下なる海部駈使丁の口誦する天語の中の歌だと言ふ事を保証するものであつた。其が替へ歌の出来るに連れて、必然性を失うて、囃し詞に退化して行つたのである。
天語[#(ノ)]連(或は海語[#(ノ)]連)は斎部氏の支族だとせられてゐる。其から見ても、神祇官の奉仕を経て、独立を認められて来た、卜部関係の語部なる事が知れる。
記・紀・万葉に、安曇《アヅミ》氏や、各種の海部《アマベ》の伝承らしい伝説や歌謡の多いばかりか、其が古代歴史の基礎中に組み込まれてゐるのは、此天語部が、宮廷の語部として採用せられたからである。


[#3字下げ]語部の歴史[#「語部の歴史」は大見出し]

[#5字下げ]一 中臣女の伝承[#「一 中臣女の伝承」は中見出し]

宮廷の語部が、護詞を唱へる聖職から分化したものなのは、猿女[#(ノ)]君の場合に、殊に明らかであつた。其に次いで行はれたらしいのは、中臣系統の物語である。禊ぎ祓へに奉仕した中臣女が「中臣物語」の伝承をも併せ行うたらしい。
男性の中臣の聖職は次第
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