得る事は出来るのである。
私はことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]を行ふ者と、物語を伝誦する語部との間に、必しも絶対的な区劃があつたものとは考へない。けれども大体に於て、此だけは言つてもよい様である。叙事詩及び若干のまだ呪力の信ぜられた呪言を綜合して、可なりの体系をなした物の伝承諷誦を主とする職業団体を語部と呼んでよい事、特殊な呪言と呪力とを相承し、其に関聯した副演出を次第に劇化して行つた団体で、さうした動作が清浄な結果を作るものと信頼せられてゐたのが、宮廷では斎部――及び後々の卜部《ウラベ》――国々村々では、ほかひゞと[#「ほかひゞと」に傍線]・ことほき[#「ことほき」に傍線](ことほきびと[#「ことほきびと」に傍線]の略語)或は亦斎部とも卜部とも言つた事である。倭宮廷及び社会状態の其と似通うた国々村々の多くでは、此語部・ほかひゞと[#「ほかひゞと」に傍線]の職掌範囲が分れてゐた事は実際である。
[#5字下げ]三 語部とほかひゞと[#「ほかひゞと」に傍線]と[#「三 語部とほかひゞとと」は中見出し]
私の考へ得た処では、語部の伝統や職掌は、宮廷のものすら一定不変ではなかつた。時代によつて、目的・伝統が変化して居る。家筋の側から言へば、更に幾筋の系統を考へる事も出来さうだが、大凡三つの部曲は明らかに認めてもよい。第一|猿女《サルメ》・第二|中臣女《ナカトミメ》・第三|天語部《アマカタリベ》、此三つの系統の語部である。猿女・中臣女の如きは、恐らくは時を同じくして併立して居たものであらうが、勢力にはそれ/″\交替があつた。天語部は後のわり込みで、猿女・中臣女に替つたものと見る事が出来る。
猿女の統率階級は猿女《サルメ》[#(ノ)]君《キミ》で、伝説の祖先うずめの命[#「うずめの命」に傍線]以来、女戸主を原則とした氏族である。此系統の語部は、まだ呪言と甚しく岐れない時代の叙事詩を諷誦したらしく、主として鎮魂法の為に、鎮魂の来歴を説くを職としたやうである。而も此|天《アマ》[#(ノ)]窟戸《イハト》の物語を中心にした鎮魂の呪言に、其誘因として語られた天つ罪[#「天つ罪」に傍線]及び祓《ハラ》へ・贖《アガナ》ひの起原を説く物語、更に魂戦《モノアラソヒ》の女軍《メイクサ》の由来に関聯した天孫降臨の大事などが、一つの体系に組織だてられて来た。
さうした結果、うずめ[#「うずめ」に傍線]中心の猿女叙事詩が、宮廷が国家意識の根柢となつた時代には纏《まとま》つて居た。開闢の叙事詩よりも、天孫降臨を主題とする呪言の、栄えて行くのは当然である。聖職を以て宮廷に仕へる人々或は家々では、其専門に関した宮廷呪言に対しては、其反覆讃歎をせねばならなかつた。此が肝腎の天子ののりと[#「のりと」に傍線]を陰にして、伝宣者が奉行するやうな傾きを作り出したのである。
此伝宣の詔旨――より寧《むしろ》、覆奏――は、分化して宣命に進むものと、ある呪言の本縁を詳しく人に聴かせる叙事詩(物語)に向ふものとが出来て来た。中臣女《ナカトミメ》と汎称した下級巫女の上に、発達して来たものと推定の出来る中臣[#(ノ)]志斐《シヒ》[#(ノ)]連《ムラジ》の職業は茲《ここ》に出自があるものと思ふ。平安宮廷の女房の前身は、釆女其他の巫女である。其女房から「女房宣」の降つた様式は、由来が古いのであつた。宮廷内院の巫女の関係したまつりごと[#「まつりごと」に傍線]ののりと[#「のりと」に傍線]詞《ゴト》は、其々の巫女が伝宣した習慣を思はせる。
国魂の神の巫女なる御巫《ミカムコ》や釆女等の勢力が殖えるまでは、猿女が鎮魂呪法奉仕を中心に、中臣・斎部と対照せられてゐた。だから古代宮廷に於て、猿女が宮廷呪言を、中臣・斎部と分担して伝承して居た分量の多さは察せられる。祭祀・儀礼に発せられたのりと詞[#「のりと詞」に傍線]の叙事詩化して、猿女伝承に蓄へられた物が多かつたであらう。其鎮魂呪言が自然に体系をなして、更に種々の呪言を組織だてゝ行つた事は考へてよい。さうして、其が呪言以外の目的で、奏[#「奏」に白丸傍点]と宣[#「宣」に白丸傍点]との二方便に亘つて物語られるやうになつたのである。かうした方面から見れば「中臣寿詞」もやはりまだ、分化しきらない物語だつたのである。天孫降臨を主題にした叙事詩は猿女系統の口頭伝承に根ざしてゐるのである。
古事記の基礎となつた、天武天皇の永遠作業の一つだと伝へられて居る、習合せられた宮廷叙事詩を、諳誦して居たと言ふ阿礼舎人《アレトネリ》も、猿女[#(ノ)]君の支族なる稗田氏であつた。
[#5字下げ]四 いはひ詞[#「いはひ詞」に傍線]の勢力[#「四 いはひ詞の勢力」は中見出し]
宮廷の語部が「のりと[#「のりと」に傍線]伝承家職」から分化したことは、既に述べた。其に、
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