自家のよごと[#「よごと」に傍線]を含めて組織したものが、語部の語り物|即《すなはち》「物語」である。宮廷以外の豪族の家々にも、規模の大小こそあれ、氏の長上と氏人或は部民との間に、のりと[#「のりと」に傍線]・よごと[#「よごと」に傍線]の宣[#「宣」に白丸傍点]・奏[#「奏」に白丸傍点]が行はれ、同じく語部の叙事詩の物語られた事は、邑落単位だつた当時の社会事情から、正しく察せられる。奈良の末に近い頃の大伴[#(ノ)]家持の「喩族歌」は、大伴氏としてののりと[#「のりと」に傍線]の創作化したものであり、「戒尾張少咋歌」の如きは、のりと[#「のりと」に傍線]の分化して、宣命系統の長歌発想を採つたものである。山[#(ノ)]上[#(ノ)]憶良の大伴[#(ノ)]旅人に餞《はなむけ》した「書殿餞酒歌」の如きものは、よごと[#「よごと」に傍線]の変形「魂乞ひ」ののみ[#「のみ」に傍線]詞《ゴト》の流れである。殊に其中の「あが主《ヌシ》の御魂《ミタマ》たまひて、春さらば、奈良の都に喚上《メサ》げたまはね」とある一首は、よごと[#「よごと」に傍線]としての特色を見せてゐる。
家々伝来の外来魂を、天子或は長上者に捧げると共に、其尊者の内在魂《タマ》の分割《フユ》を授かつた(毎年末の「衣配《キヌクバ》り」の儀の如き)申請《ノミマヲシ》の信仰のなごりが含まれて居る。又遥かに遅れて、興福寺僧の上つた歌(続日本後紀)の如きも、よごと[#「よごと」に傍線]を新形式に創作したと言ふだけのものであつた。
長歌について見ると、のりと[#「のりと」に傍線]・よごと[#「よごと」に傍線]系統のものが著しく多い。藤原[#(ノ)]宮[#(ノ)]御井[#(ノ)]歌の如きは、陰陽道様式を採り容れた創作の大殿祭祝詞(実はいはひ[#「いはひ」に傍線]詞《ゴト》)であり、藤原[#(ノ)]宮|役民《エノタミ》[#(ノ)]歌は、山口祭か斎柱祭《イムハシラマツリ》の類の護詞《イハヒゴト》の変態である。短歌の方でも、病者・死人の為の祈願の歌や、挽歌の中に、屋根の頂上《ソラ》や、蔦根《ツナネ》(つな[#「つな」に傍線]・かげ[#「かげ」に傍線])・柱などを詠んでゐるのは、大殿祭・新室寿の詞章の系統の末である。挽歌に巌門《イハト》・巌《イハ》ねを言ひ、水鳥・大君のおもふ鳥[#「おもふ鳥」に傍線]を出し、杖《ツヱ》策《ツ》いてのさまよひ[#「さまよひ」に傍線]を述べ、紐を云々する事の多いのは、皆、鎮魂式の祭儀から出て居る。極秘となつたまゝで失せた古代詞章から、其文句や発想法が分化して来たものと考へるのが、適当なのである。死後一年位は、生死を判定することの出来なかつたのが、古代の生命観であつた。さうした期間に亘つて、生魂《イキミタマ》を身に固著《フラ》しめようと、試みをくり返した。此期間が、漢風習合以前の日本式の喪《モ》であつたのである。
こふ[#「こふ」に傍線](恋ふ)と云ふ語の第一義は、実は、しぬぶ[#「しぬぶ」に傍線]とは遠いものであつた。魂を欲す[#「魂を欲す」に傍線]ると言へば、はまりさうな内容を持つて居たらしい。魂の還るを乞ふにも、魂の我が身に来りつく事を願ふ義にも用ゐられて居る。たまふ[#「たまふ」に傍線](目上から)に対するこふ[#「こふ」に傍線]・いはふ[#「いはふ」に傍線]に近いこむ[#「こむ」に傍線](籠む)などは、其原義の、生きみ[#「生きみ」に傍線]魂《タマ》の分裂《フユ》の信仰に関係ある事を見せてゐる。
だから恋歌は、後に発達した唱和・相聞の態を本式とすべきではない。生者の魂を身にこひ[#「こひ」に傍線]とる事は、恋愛・結婚の成立である。古代伝承には、女性と男性との争闘を、結婚の必須条件にして居た多くの事実を見せてゐる。死者の霊を呼び還すにも、同じ方法の儀式・同じ発想の詞章が用ゐられた。其為、万葉の如き後の物にすら、多くの挽歌が恋愛要素を含み、相聞に挽歌発想をとつたものを交へてゐるのである。恋歌分化後にも、類型をなぞる事は絶えなかつたからである。
氏々伝承の詞章から展開した歌詞の系統は、右の通り、随分後まで見える。其等の詞章は、大体におふせ[#「おふせ」に傍線]とまをし[#「まをし」に傍線]との二つの形に分れる。寿詞が勢力を持つ時代になると、おふせ[#「おふせ」に傍線]の影は薄くなり、大体まをし[#「まをし」に傍線]に近づく。奈良の宣命や、孝謙・称徳天皇の遣唐使に仰せられた歌(万葉)などを見ると、まをし[#「まをし」に傍線]の形が交つて来てゐる。此は神に対してとるべきおふせ[#「おふせ」に傍線]の様式が、神の向上によつて、まをし[#「まをし」に傍線]に近づいて来た事の影響である。平安の祝詞の悉《ことごと》くが、まをし[#「まをし」に傍線]式になつて了うた原因も、こゝ
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