形。呪言神の資格が低下した時代の信仰――の、精霊を鎮める為に寄せた護詞《イハヒゴト》が考へられてゐた。此は、家屋の精霊のほ[#「ほ」に傍線]を、建築の各部に見立てゝ言ふ形式の詞章で、此を「言ひ立て」又「読《ヨ》み詞《ゴト》」と言ひ、さうした諷誦法をほむ[#「ほむ」に傍線]と言うて、ほく[#「ほく」に傍線]から分化させて来た。「言ひ立て」は、方式の由来を説くよりも、詞章の魅力を発揮させる為の手段が尽されてゐたので、特別に「言寿《コトホギ》」とも称してゐた。
さうして、他の寿詞《ヨゴト》に比べて、神の動作や、稍複雑な副演を伴ふ事が特徴になつてゐた。此言寿[#「言寿」に傍線]に伴ふ副演の所作が発達して来た為、ほく[#「ほく」に傍線]事をすると言ふ意の再活用ほかふ[#「ほかふ」に傍線]と言ふ語が出来た。ほかひ[#「ほかひ」に傍線]は、ことほき[#「ことほき」に傍線]の副演なる身ぶりを含むのが用語例である。斎部祝詞の中心なる大殿祭をおほとのほかひ[#「おほとのほかひ」に傍線]と言ひ馴れたのも此為である。さうした異神群行し来つて、鎮祭を司る遺風を伝へたものは、大殿祭や室寿《ムロホギ》ばかりではなかつた。宮廷の大祓へに伴ふ主上の御贖《オンアガナ》ひの節折《ヨヲ》りの式にも、此があつた。上元の行事たる踏歌節会《タウカノセチヱ》の夜に、ことほきびと[#「ことほきびと」に傍線]の高巾子《カウコンジ》などにやつした異風行列の練り歩くのも、此群行のなごりである。
[#3字下げ]叙事詩の成立と其展開と[#「叙事詩の成立と其展開と」は大見出し]
[#5字下げ]一 呪言から叙事詩・宮廷詩へ[#「一 呪言から叙事詩・宮廷詩へ」は中見出し]
祭文《サイモン》・歌祭文などの出発点たる唱門師《シヨモジン》祭文・山伏祭文などは、明らかに、卜部や陰陽師の祭文から出て居る。祝詞・寿詞に対する護詞《イハヒゴト》の出で、寺の講式の祭文とは別であつたやうだ。だが此には、練道《レンダウ》・群行《グンギヤウ》の守護神に扮装した来臨者の諷誦するものと言ふ条件がついて居た様である。
詔旨《ノリト》と奏詞《ヨゴト》との間に「護詞《イハヒゴト》」と言ふものがあつて、古詞章の一つとして行はれて居た。奈良以前からの用例に拠れば、此はよごと[#「よごと」に傍線]と言ふ方が適当らしいのに、其中の一部、伝承の古い物には、のりと[#「のりと」に傍線]とも称したのが、平安朝の用語例である。斎部祝詞は多く其だ。此三種類の詞章の所属を弁別するには、大体、其慣用動詞をめど[#「めど」に傍線]にして見るとよい。のりと[#「のりと」に傍線]はのる[#「のる」に傍線]、よごと[#「よごと」に傍線]にはたゝふ[#「たゝふ」に傍線]、氏々の寿詞ではまをす[#「まをす」に傍線]、ことほぎのよごと[#「ことほぎのよごと」に傍線]にはほく[#「ほく」に傍線]・ほむ[#「ほむ」に傍線]、いはひ詞[#「いはひ詞」に傍線]にはいはふ[#「いはふ」に傍線]・しづむ[#「しづむ」に傍線]・さだむ[#「さだむ」に傍線]・ことほぐ[#「ことほぐ」に傍線]など、用語例が定まつて居たことは察せられる。其正しい使用と、実感とが失はれた時代の、合理観から来る混乱が、全体の上に改造の力を振うた後の整頓した形が、平安初期以後の祝詞の詞章である。
かうした事実の根柢には、古代信仰の推移して来た種々相が横たはつて居る。代宣者の感情や、呪言伝承・製作者らの理会や、向上しまた沈淪した神々に対する社会的見解――呪言神の零落・国社神の昇格から来る――や、天子現神思想の退転に伴ふ諸神礼遇の加重などが、其である。延喜式祝詞は、さうした紛糾から解いてかゝらねば、実は隈ない理会は出来ないのである。
と[#「と」に傍線]と言ふ語《ことば》が、神事の座或は、神事執行の中心様式を示すものであつたらうと言ふことは、既に述べた。恐らくは神座・机・発言者などの位置のとり方について言ふものらしいのである。ことゞ[#「ことゞ」に傍線]・とこひど[#「とこひど」に傍線](咀戸)・千座置戸《チクラオキド》(くら[#「くら」に傍線]とと[#「と」に傍線]とは同義語)・祓戸《ハラヘド》・くみど[#「くみど」に傍線]などのと[#「と」に傍線]は、同時に亦のりと[#「のりと」に傍線]のと[#「と」に傍線]でもあつた。宣る時の神事様式を示す語で、詔旨を宣べる人の座を斥《サ》して言つたものらしい。即、平安朝以後|始中終《しよつちゆう》見えた祝詞座・祝詞屋の原始的なものであらう。其のりと[#「のりと」に傍線]に於て発する詞章である処からのりと[#「のりと」に傍線]詞《ゴト》なのであつた。天《アマ》つのりと[#「つのりと」に傍線]とは天上の――或は其式を伝へた神秘の――祝詞座即、高御座《タカミク
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