中、宗教儀礼・行事の本縁を語ると共に、其詞章どほりの作法を伴ふものと、既に作法・行事を失うて、唯呪言のみを伝へるものとが出来て来た。鎮魂法の起原を説く天窟戸の詞章は、物部氏伝来の鎮魂法を行ふやうになつては、儀礼と無関係な神聖な本縁詞に過ぎなくなつて居た。大祓詞を以て祓へを修する時代になつては、すさのをの命[#「すさのをの命」に傍線]を始めと説く天つ罪の祓への呪言――天上悪行から追放に到る物語を含む――も、国つ罪の起原・禊《ミソ》ぎの事始めを説明した呪言――いざなぎの命[#「いざなぎの命」に傍線]の黄泉《よみ》訪問から「檍原《アハギハラ》の禊ぎ」までをこめた――も、単なる説明詞章に過ぎなくなつて了うた。
神事の背景たる歴史を説く物と、神事の都度現実の事件としてくり返す劇詩的効果を持つ物との間には、どうしても意義分化が起らないではすまなくなる。此が呪言から叙事詩の発生する主要な原因である。だから、呪言は、過去を説くものでなく、過去を常に現実化して説くものであつた。其が後に、過去と現在との関係を説くものばかりになつたのは、大きな変化である。叙事詩の本義は現実の歴史的基礎を説く点にある。而も尚全くは、呪言以来の呪力を失うた、単なる説話詩とは見られては居なかつた。やはり神秘の力は、此を唱へると目醒めて来るものとせられて居たのである。叙事詩に於て、ことば[#「ことば」に傍線]の部分が、威力の源と考へられたのは、呪言以来とは言へ、地の文の宗教的価値減退に対して、其短い抒情部分に、精粋の集まるものと見られたのは、尤《もつとも》なことである。
呪言の中のことば[#「ことば」に傍線]は叙事詩の抒情部分を発生させたが、其自身は後に固定して短い呪文或は諺《コトワザ》となつたものが多かつた様である。叙事詩の中の抒情部分は、其威力の信仰から、其成立事情の似た事件に対して呪力を発揮するものとして、地の文から分離して謳《うた》はれる様になつて行つた。此が、物語から歌の独立する経路であると共に、遥かに創作詩の時代を促す原動力となつたのである。此を宮廷生活で言へば、何|振《ブリ》・何|歌《ウタ》など言ふ大歌《オホウタ》(宮廷詩)を游離する様になつたのである。宮廷詩の起原が、呪文式効果を願ふ処にあつて、其舞踊を伴うた理由も知れるであらう。
呪言の総名が古くは、よごと[#「よごと」に傍線]であつたのに対し
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