理由は、呪言の希望が容れられ、又は容れられない場合のうら[#「うら」に傍線]の出方が違ふ処から出る。
此が一転すると誓約《ウケヒ》と言ふ形になる。呪言を発する者に対して、標兆を示す者は幽界の者であつた。両方で諷誦と副演出とを分担して居る訣である。たつて[#「たつて」に傍点]物言ふまいとする精霊を表したのが「※[#「やまいだれ+惡」、第3水準1−88−58]《ベシミ》の面」である。此時が過ぎて精霊が開口しかけると、盛んに人の反対に出る。あまのじやく[#「あまのじやく」に傍線]と称する伝説上の怪物が、其から出て居る。気に逆らふ事ばかりする。口返答はする、からかひかける、横着はする。此が田楽以来あつた役目で、今も「里神楽《サトカグラ》」の面にあるもどき[#「もどき」に傍線]――ひよつとこ[#「ひよつとこ」に傍線]の事で、もどく[#「もどく」に傍線]は、まぜかへし邪魔をし、逆に出るを言ふ――に扮する人の滑稽所作を生んだ。
能楽の方では、古くもどき[#「もどき」に傍線]の名もあるが、専ら狂言として飛躍した。事実は脇役なども、もどき[#「もどき」に傍線]の変態なのであつた。狂言方の勤める「間語《アヒカタ》り」なども、もどき[#「もどき」に傍線]の口まね[#「口まね」に傍線]から出て、神などに扮した人の調子の低いはずの詞を、大きな声でとりつぐ様な役が分化してゐた。其が、あひ語り[#「あひ語り」に傍線]まで伸びて行つたのだ。宮廷神楽の「才《サイ》の男《ヲ》」の「人長」との関係も、神と精霊とから転化して来たのだ。此系統が千秋《センズ》万歳を経て、後世の万歳太夫に対する才蔵にまで、大した変化なく続いた。
又もどき[#「もどき」に傍線]は大人を悩す鋭い子役に変化してもゐる。延年舞以後ある大[#「大」に白丸傍点]・少[#「少」に白丸傍点]の対立で、田楽・能楽にも此要素は含まれて居た。殊に幸若舞系統から出た江戸歌舞妓では大[#「大」に白丸傍点]・少[#「少」に白丸傍点]の舞以外にも、とりわけ「少」の勢力が増して来た。猿若の如きは「少」から出たものである。若衆歌舞妓も其変態であつた。日本の演劇史に、もどき役[#「もどき役」に傍線]の考へを落したものがあつたら、無意味な記録になつて了ふであらう。
天狗・山男或は、四国の山中に居るといふさとり[#「さとり」に傍線]など言ふ怪物は、相手の胸に浮ぶ考へ
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