供物を辨ず。適、縮見《シヾミ》[#(ノ)]屯倉《ミヤケ》[#(ノ)]首《オビト》、新室の縱賞《ホカヒ》して、夜を以て晝に繼ぐに會ふ。(顯宗紀)
[#ここで字下げ終わり]
とあるのは、新甞にも新室が附帶する證據である。允恭紀の七年冬十二月朔日、「新室に讌す」とあるのも、時から見れば新甞の新室である。「新甞屋《ニヒナベヤ》」と言ふのも、別に新甞の物忌みに室を建るのではなく、新室の事を言ふのである。此點誤解し易い爲に、日本紀の舊訓も多少の間違ひをしてゐる。「當に新甞すべき時を見て、則|陰《ヒソ》かに新宮[#「新宮」に白丸傍点]に※[#「尸+矢」、44−12]《クソマ》放る」(神代紀)は、にひみや[#「にひみや」に傍線]或はにひみむろ[#「にひみむろ」に傍線]とでも訓むべきで、強ひてにひなめや[#「にひなめや」に傍線]と言ふに當らないだらう。さうして秋冬のおとづれの時にも、やはり生命健康のほかひ[#「ほかひ」に傍線]をするのである。さすれば、定期のまれびと[#「まれびと」に傍線]は、春も刈り上げにも、おなじことを繰り返すことになる。こゝに自ら時代に前後の區別が見える訣である。
臨時のおとづれ[
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