[#「さば」に傍線]が、進物と考へられる樣になつて、鯖と變じたものではあるまいか。元來、米をよね[#「よね」に傍線]と言ふのは稻と同根であらうが、神饌としての米をくま[#「くま」に傍線]と稱する(くましね[#「くましね」に傍線]の樣に)ことは、こめ[#「こめ」に傍線]の原形であらうし、其上、靈魂との關係を思はせる用例がある。供物から溯源して見た春のまれびと[#「まれびと」に傍線]は、主體及び其餘の群衆を考へて居たこともあるのは明らかである。
此等の神は、恐らく沖繩のまれびと[#「まれびと」に傍線]と同樣、村を祝福し、家の堅固を祝福し、家人の健康を祝福し、生産を祝福し、今年行ふべき樣々の注意教訓を與へたものであらう。民間傳承を通じて見れば、悉く其要素を具へて居るが、書物の上で明らかに言ふ事の出來る個處は、家長の健康・建築物の堅固・生産の豐饒の祝福が主になつてゐた樣である事は後に述べる。奈良朝の史書も、やはり村人の生活よりも村君・國造の生活を述べるのに急であつた爲に、まれびと[#「まれびと」に傍線]の爲事の細目は傳へなかつたのであろう。而も、外來である事の證據の到底あげられない所の、古くし
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