[#「さば」に傍線]が、進物と考へられる樣になつて、鯖と變じたものではあるまいか。元來、米をよね[#「よね」に傍線]と言ふのは稻と同根であらうが、神饌としての米をくま[#「くま」に傍線]と稱する(くましね[#「くましね」に傍線]の樣に)ことは、こめ[#「こめ」に傍線]の原形であらうし、其上、靈魂との關係を思はせる用例がある。供物から溯源して見た春のまれびと[#「まれびと」に傍線]は、主體及び其餘の群衆を考へて居たこともあるのは明らかである。
此等の神は、恐らく沖繩のまれびと[#「まれびと」に傍線]と同樣、村を祝福し、家の堅固を祝福し、家人の健康を祝福し、生産を祝福し、今年行ふべき樣々の注意教訓を與へたものであらう。民間傳承を通じて見れば、悉く其要素を具へて居るが、書物の上で明らかに言ふ事の出來る個處は、家長の健康・建築物の堅固・生産の豐饒の祝福が主になつてゐた樣である事は後に述べる。奈良朝の史書も、やはり村人の生活よりも村君・國造の生活を述べるのに急であつた爲に、まれびと[#「まれびと」に傍線]の爲事の細目は傳へなかつたのであろう。而も、外來である事の證據の到底あげられない所の、古くして且、地方生活を固く結合した民間傳承の含む不明の原義を探ると、まれびと[#「まれびと」に傍線]の行動の微細な點までも考へることが出來るのである。
一一 精靈の誓約
まれびと[#「まれびと」に傍線]は、呪言を以てほかひ[#「ほかひ」に傍線]をすると共に、土地の精靈に誓言を迫つた。更に家屋によつて生ずる禍ひを防ぐ爲に、稜威に滿ちた力足を蹈んだ。其によつて地靈を抑壓しようとしたのだ。平安朝に於て陰陽道の擡頭と共に興り、武家の時代に威力を信ぜられることの深かつた「反閇《ヘンバイ》」は、實は支那渡來の方式ではなかつた。在來の傳承が、道教將來の方術の形式を取りこんだものに過ぎなかつたのだ。一部の「反閇《ヘンバイ》考」は、反閇《ヘンバイ》の支那傳來説を述べようとして、結局、漢土に原由のないものなることを證明した結果に達して居る。字面すら支那の文獻にないものであるとすれば、我が國固有の方術を言ふ所の、元來の日本語であつたのであらう。字は「反拜」などゝ書くのを見ても、支那式に見えて、實は據り處ない宛て字なることが知れる。まれびと[#「まれびと」に傍線]の力強い歩みは、自ら土地の精靈を慴伏させるのであつた。
天子出御の時、發する警蹕の聲は、平安朝では「をし/\」と呼ぶ慣ひであつた。後に、將軍に「ほうほう」、諸侯に「下に/\」を使ふ樣になつた事も事實だ。「ほう/\」は鳥獸を追ふ聲で、人拂ひをするのではなく、此語も古いのであるから、地靈を逐ふ意があつたものであらう。「をし/\」は、天子のこゝに臨ませ給ふ事を示す語であるから、逐ふつもりではあるまい。寧、天子を思ひ浮べさせる歴史的内容を持つた語なのであらう。神武天皇、倭に入られて、兄磯城《エシキ》・弟磯城《オトシキ》に服從を慂めにやられる處に、
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時に烏、其營に到りて鳴きて曰はく、「天つ神の子汝を召す。いざわ/\」と。兄磯城忿りて曰はく、天《アメ》[#(ノ)]壓神《オシカミ》至ると聞きて、吾慨憤する時……。次に、弟磯城の宅に到り……。時に、弟磯城、※[#「りっしんべん+「僕」のつくり」、39−12]然として容を改めて曰はく、臣天[#(ノ)]壓神至ると聞き……。(神武紀戊午年)
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とあるのは、をし[#「をし」に傍線]・おし[#「おし」に傍線]假名遣ひの違ひはあるが、同系の語ではなからうか。「をし/\」と警蹕を寫したのは、必しも發音を糺したものとも思へないし、第一其頃、既にお[#「お」に傍線]・を[#「を」に傍線]の音韻の混同がはじまつてゐるのである。壓《オシ》はおそはく[#「おそはく」に傍線]・うしはく[#「うしはく」に傍線]の義の「壓す」から出たものでなく、また「大《オホシ》」に通ずる忍《オシ》・押《オシ》などで宛て字するおし[#「おし」に傍線]とも違ふ樣だ。來臨する神と言ふ程の古語ではなからうか。おしがみ[#「おしがみ」に傍線]なる故に「をし/\」と警めるのか、「をし/\」と警めて精靈を逐ふが常の神なる故におしがみ[#「おしがみ」に傍線]と言ふのか、いづれとも説けるが、脈絡のない語ではあるまい。
三河北設樂郡一般に行ふ、正月の「花祭り」と稱する、まれびと[#「まれびと」に傍線]來臨の状を演ずる神樂類似の扮裝行列には、さかきさま[#「さかきさま」に傍線]と稱する鬼形の者が家々を訪れて、家人をうつ俯しに臥させて、其上を躍り越え、家の中で「へんべをふむ」と言ふ。へんべ[#「へんべ」に傍線]は言ふ迄もなく反閇《ヘンバイ》である。此も春のまれびと[#「まれびと」に傍線]
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