ます。つまり、忌み言葉と言ふもの、隠し言葉、隠語です。言うてはいけない言葉と言ふと、語弊がありますが、かう言ふ風に言へば言つても構はない、と言ふ言葉です。つまり、物忌みの条件に適ふ言葉と言ふことでせう。宮廷や貴族に仕へてゐる女房、女官などゝ言ふ者は、皆もと/\神様に仕へてゐた者なのですから、さう言ふことを忘れて後も、全体の気分として、さうしてゐた気分が残つてゐます。生活全体のかげとして、神様に仕へてゐた時の、習慣が残つてゐるものなのですから、忌み言葉などゝ言ふ因習が、やはり守られてゐる。だから、言うたらいけない言葉があります。譬へば、月経なんかは言ふ事は出来ない。それだから色々に言ひ方がありませう。それが世間に出て来ると言ふと、更に色々に変つて来るけれども、世間の女だつて、やはり神様を持つてをりますから、月経は忌み言葉になつてゐるに違ひない。ですけれども、忌み言葉の中で一番有力に、雅なものが勢力を得てゐる訣です。月経の事を「日の丸」と言ふよりは、もつといゝ言葉はないかと言ふ風に考へるのです。宮中ではてなし[#「てなし」に傍線]と言うて呼んでゐる。月経になると、女の人は手が穢れるので手が使へない。それで、神様に対しては何にもしない。だから、その手を動かさない生活からして、月経の事をてなし[#「てなし」に傍線]と言つてゐる。その他月経なんかに対しては色々言ひ方があるでせう。ところが、もつと極端な処になると、御承知の通り、古くから斎宮の忌み言葉と言ふものがありまして、それにはをかしい様な、へんてこなやうなものが沢山あります。我々は女房階級の生活を見ると、よく訣つて来る。それと共に近世迄もずつと、女房言葉と言ふものを使つてゐる様です。附けなくてもいゝ処にお[#「お」に傍線]をつけたり、又「文字《モジ》」をつけたりする。髪なんかかもじ[#「かもじ」に傍線]と言ひ、寿司なんかすもじ[#「すもじ」に傍線]と言ふ。つまり、全体を言ふと、何だか露骨で下品だと言ふ訣なのですが、或は豆腐のことをおかべ[#「おかべ」に傍線]と言ふやうなやり方もやります。さうして、さう言ふ言葉が出て来ますと、それを上品だ、とかう言ふ風に思ふのです。大体、敬語と言ふものゝ発達には、女の人の敬語意識と言ふものを考へなければなりません。今迄の敬語の研究と言ふものは、女の人の作る敬語と言ふものを考へない。日本語に敬語が多いのは、平安朝になつて非常に乱脈に敬語が殖えて来る。つまり、女が多いから、滅茶苦茶に敬語が殖え、又滅茶苦茶に間違つて来る。敬語を無茶苦茶に使ふ階級と言ふものは、いゝ階級だと思うてをりますからして、無闇とはいから[#「はいから」に傍線]な言葉を使ひ、多少でも、資産のあるやうなことを衒つてゐる人達は、幾らでも、なんか変な言葉を発明してをります。「ござあます」なんてことを言ひます。さうなりますと、以前の吉原の女郎みたいな言葉を使ひます。さう言ふ言葉をしきりに作つて行くのです。
尚、この貴族の言葉と武家の言葉だけでも申さなければなりませんのですけれども、この辺で切り上げさして戴きまして簡単に結末をつけたいと思ひます。
鎌倉・室町の武家時代になりますと、武家は国々の言語を矯め整へなければなりません。自分の生活を上品にしなければなりません。事物の観方を上品にしなければなりません。だから文学は中央の文学をとつて来ます。歌は今考へればわけなく作れたやうに思ひますけれど、昔の人は無闇と難しい様に考へた。で、歌は作れぬけれど連歌を作る。その上で歌を作ると言ふ風にやつてゐたのでせう。それから文章と言ひましても、普通文章と言へば、男と女との交換する文章、艶書ですが、艶書と言うても向ふの娘は貴族的な娘だ、向ふの娘は都の風情を知つてゐると言ふやうに、一々文章を書くのでせう。その為に非常に沢山の隠語を包含してゐる、大和言葉と言ふものが出て来ます。それは日常生活の上に、もつと都の言葉と言ふものを取り入れなければならぬ、と言ふ必要からだつたのでせう。中世の欧洲の国々でも、ろうま[#「ろうま」に傍線]の方言をば用ゐたがつて、ろうま[#「ろうま」に傍線]方言で書いた物語を好み、遂にろうまんす[#「ろうまんす」に傍線]と言ふのは伝奇小説の名前になつた。つまり、ろうま[#「ろうま」に傍線]方言と言ふものが、地方に行はれるやうになつたのでせう。都の言葉が地方へ皆這入つて来て、その言葉がその地方で形を変へて来て、ろうまんす[#「ろうまんす」に傍線]化するのです。
国々で第一に変つて来るのは発音でせう。そして方言の一番固定的な事実は発音です。発音の次にはあくせんと[#「あくせんと」に傍線]でせう。結局発音の音声的要素が一番方言で動かないものでせう。それだつてどの位の年数、同じ状態を保つか知りません。方言の語
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