寝もしなん」であらう、と言つてさう直してゐる本もありますけれども、もつての外の事です。「ひじきもの」は敷物の事を言つたので、今で言へばねこぶく[#「ねこぶく」に傍線]と言つたものです。私を思ふ思ひがあつたならば、こんな賤しい葎の宿に来て寝もしませう、と言ふのでせう。寝道具がなければ構はない、妾の袖を敷き物として寝ませうと言ふのでせう。これで理窟は合つてゐるんだが、変てこな歌ですね。昔の人だつて、やはり不合理な事をやつてゐるのですから、百年二百年経つたつて、やはり我々にも不合理に感ぜられる。第一に感ぜられる事は、その「思ひ」と言ふ事で、物忌みに籠つてゐる事を、おもひ[#「おもひ」に傍線]と言ひます。忌月の事をおもひづき[#「おもひづき」に傍線]と言ひます。天子様の諒闇の事をみものおもひ[#「みものおもひ」に傍線]と言ひます。又心の中で思つてゐる女の事をおもひづま[#「おもひづま」に傍線]と言ひます。つまり、おもひ[#「おもひ」に傍線]と言ふのは、昔の日本語では、謹慎生活、禁慾生活に籠つてぢつとしてゐる、と言ふ意味を持つてをつた。それは訣る。更に考へて見ると、ひじきもの[#「ひじきもの」に傍線]と言ふことにも意味があります。ひじき[#「ひじき」に傍線]と言ふことは、日本でははつきりと葬式の言葉です。葬式の御飯にひじきおもの[#「ひじきおもの」に傍線]と言ふものを入れる。鹿尾菜藻《ヒジキモ》を御飯の中に交へたものらしい。炊く時に入れるのか、炊いてからふりかけるのですか、どうも我々には考へられない粗食だつたんですね。だから、青飯と書いて、ひじきおもの[#「ひじきおもの」に傍線]と日本紀に訓註が書いてある。日本紀に出てゐるものは、必しもその時出来た言葉ではありませんから、まあ、どんなに新しく見ても、平安朝の中期以前と言ふ位の処でせう。ひじき[#「ひじき」に傍線]を喰べるだけではなんにも意味がありませんけれども、宮廷に関係のある御葬式の時には、ひじきわけ[#「ひじきわけ」に傍線]の女と言ふものが出て来る。もと伊勢の国から出て来ました。さうして鎮魂の舞踊を行つた。ところが、雄略天皇が御隠れになつた時、なか/\魂が鎮らなかつた。それで慌てゝ、ひじきわけ[#「ひじきわけ」に傍線]を捜したところが、ひじきわけ[#「ひじきわけ」に傍線]が円目《ツブラメ》の王《オホキミ》と言ふ人の妻になつてゐた。その女が自分の氏は死に絶えて、自分一人残つてゐると言ふ事を申し上げたので、その時からこの役が円目の王の方に移つた、と言ふやうに書いてあります。ですから、昔の人はひじき[#「ひじき」に傍線]と言ふことで、かう言ふ様に直に聯想する。それだけの知識がある。つまり、伊勢の国のひじきわけ[#「ひじきわけ」に傍線]の女と言ふ者が出て来て、宮廷の葬式の時の鎮魂を行つたのです。女の権勢と言ふものははかないもので、女に維持せられてゐた方面は、どん/\衰へて来た訣ですね。さうしますとこの「思ひあらば」と言ふ事と、「ひじきものには」と言ふ事は接続してゐます。筋が通つてゐます。唯、その間に「思ひあらば、云々云々、ひじきもの」と言ふ言葉があつたが、だん/\伝へてゐる中に、有意識或は無意識に解釈して行つて、その時分の人の頭に合ふやうな、一種の合理化が行はれて、そこで発達が止つた。さうして、すつかり変形してしまつた歌の起源を説明すると、伊勢物語の様に、恋人同志の間で鹿尾菜を贈るのに添へたのだ、と言ふことになつて来るのです。平安朝の生活と言ふものは、貧弱な生活ですから、鹿尾菜みたいな物を、恋人同志がやりとりしたのですから恐しいですが、だけども、それだけの事実を知つてみると言ふと、この歌はもとは伊勢物語の伝への通りのものではない、と言ふ事が訣る。唯、さう言ふ風に自然に解釈して行くと、解釈が如何にもうまく出来てをります。かう言ふ事はこの歌だけではない。伊勢物語は、殆ど、かう言ふものばかりなのです。全部とは言へないけれども、大和物語もさうです。その他の物語類にも、あちらこちらに散らばつてをります。ですから、文章の解釈と言ふものも、次第々々に行はれて、だん/\合理化せられて行く訣です。ですから、又申上げる話がもとに返りますけれども、祝詞なんかだん/\変つて行くことは不思議のない事です。

     六 国語の階級的伝承と地方的伝承と

謎の問題が残りましたが、謎の問題に関聯して又色々な話がございますが、それより、せめて国語を伝承する階級として、階級的の事実を挙げて行きたいと思ひます。
女房が伝承したとか、貴族が伝承したとか言ふ事の一箇条にでも、触れたいと思ひますので申上げますが、譬へば、女房の間の伝承の言葉と言ふものを見ようとすれば、物語や日記類を見れば大体訣りますけれども、もつと端的な事実があり
前へ 次へ
全23ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング