「ものがたり」と言ひ、系図は「つぎ」を語根として語を作つて居た事は、宮廷の「ひつぎ」諸氏の「つぎ―ぶみ」などから察せられる。奈良朝以前の「つぐ」は「つゞく」と同じ用語例であるから、連続を意味して居るのである。
語部の職掌が色々の神事に亘つて居た地方もあらうが、正確には、歴史伝承系図伝承を本職としたのであらう。
物語なる歴史伝承は、何故律文の形をとり、曲節を持つて居たか。これも既に述べた事であるが、神憑りの状態に陥つた人の生理作用が律動的になる為に心理作用も其に伴うて調子を持つて来る。其際に神憑り人の口に託し発せられる神語は、律文の形をとる様になる。その律文としての口頭歴史伝承は、神語である故に、一時的に消える事なく、神人の口に伝承せられる。
神人は、神語の威力を信じて居るから、記憶の誤りのない様に努めたに相違ないが、長短種々の叙事詩を諳誦して居る為、段々章句が錯乱して、他の叙事詩の語などをとりこんで来る。其上、知らず知らずの間に、文章の分量が殖えて来る事もあつたらしい。改作・増補の積りなくても、長い年月の間に、厳粛に守り伝へるはずの神語の叙事詩も、かなりの変形をする。同時に、未開の邑落生活では、言語の生滅・音韻の転訛が甚しい為に、叙事詩の中の用語の死語となる事が速い。さう言ふ点からも、合理的の解釈を加へる所から、発音変化や、文句の※[#「てへん+纔のつくり」、463−11]入・改竄などが、無意識の間に行はれる。又一方さうした心理のはたらかなかつた部分などは、奈良朝或は其以前既にわからぬ文章としてそのまゝ伝へられたものもある。最後の章に古代文章の解剖を試みて置いた。其を見れば、口頭文章の伝承の真の姿が訣つて貰へる事と考へる。
叙事詩の変化の経路はこの外に、尚有力な道筋がある。別種の叙事詩を誤解或は記憶違へから併合する事がある。とりわけ甚しいのは、古い叙事詩ほど一人称表現をとる為に文の主人公の名を文章の中に表さぬ所から、主人公が入り替る場合も出て来る。神の叙事詩が、人間の英雄の物語と伝へられる様になつた事もある様である。
では、古代叙事詩には、人の作為を加へたものがなかつたか。
神授の叙事詩の外に、人作のものもあつた事が想像せられる。
文字の利用せられなかつた時代、文字が来ても其権威を感じる事の浅かつた時代――これは、かなり後まで続いて居た――国家の永続に自信のなかつた
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